August 13, 2004 12:00 AMシェルター2(August10よりつづく) 狭い部屋より広い部屋の方が快適だと考えるのが常識的だ。同じ家賃と条件だったら、少しでも広い部屋に住もうとするのが当然だ。でも、広い部屋イコール居心地のいい部屋なのだろうか? 例えば、学生時代に友人のアパートを訪ねたときに、狭くて古い物件だったのに、なぜか居心地が良かったりしたことはないだろうか。逆に部屋は広いのに何となく身の置き場所の無いような居心地の悪い思いをしたこともあるだろう。 このように、必ずしも空間の広さと快適さは比例するとは限らないことが分かると思う。 最近、お気に入りのシェルター空間はスポーツカーの車内だ。これまで知り合いの乗っているスポーツカー何台かに乗せて貰ったのだが、普通乗用車とは明らかに乗り心地が違う。まず、車高が低く地面すれすれに座るような感じだ。シートは乗用車のものよりもホールド感が強く、身体の収まりがいい。エンジンの位置によっても違ってくるんだけれども、2シーターだったり、レッグのルームが十分じゃなかったりする。でも、ドライビングフォームは乗用車と違って、低い車高に合わせて少し角度が付いているように思える。イスに座っているだけで、クルマの挙動からエアコン、音楽、カーナヴィゲーションまで操作できるのも、昔の狭い部屋に感じていたようなシェルター感覚に近い。ドリンクホルダーなど余計なものが付いていないのもいい。 一部のスポーツカーを称して、「乗るというより、着るような感覚」と評した人がいたけれども、最終的なシェルターは衣服だと思う。適当なシェルターがないときに雨や温度差、光線、粉塵などから身を守ってくれるのは「衣服」に他ならないからだ。そういうアプローチで展開している興味深いブランドがある。「FINAL HOME」だ。 「もし、災害や戦争、失業などで家をなくしてしまったとき。ファッションデザイナーである私は、どんな服を提案できるのか。またその服は平和なときはどんな姿をしているのか。」FINAL HOMEのHPより引用 FINAL HOMEとはよく言ったものである。実際、着慣れた服やお気に入りなどを着ているとき、自分の家にいるかのようにリラックスできる。逆に気に入らない服やサイズの合わない服を着ていると、いくらそれが高級でオシャレなものだったとしても居心地が悪くなる。 そういう意味では、「マトリックス」のカプセルに入れられている人間達が洋服を着ていないのも象徴的だし、街にいるホームレスと呼ばれる人達は洋服を着ているので本質的にはホームレスではないのかもしれない。 洋服などにシェルター感覚を感じるようになったのは、ある時ドトールで見かけた若者の姿だ。普通にカジュアルな格好にニットキャップとイヤフォンを付けて、バックパックを背負っていた。別に一見どこにでもいる若者である。でも、その若者はイヤフォンをはめたままで店員に注文していた。恐らく、ボリュームを下げているか、ポーズをかけているかのどちらかだとは思うけれども。 バックパックにアイテムを入れて、イヤフォンで音楽を聴き、ニットキャップを目深に被った若者。彼は恐らく自分の部屋の快適な環境をそのような形で持ち歩いているのだろうし、第三者であるオレに対して強いシェルター感覚を感じさせた。 (つづく) トラックバックコメント
スポーツカーに乗せてもらい高速を走ったとき、路面と身体がくっついてるんじゃないかという座り心地+スピード感に普通のセダンに乗ってる身としては極度の緊張で疲れた。あこがれるけど、ついていけない。動いてないときのスポーツカー(!)ならカプセルみたいで居心地いいけど。 身体を筋肉で鎧ってしまおうとした三島由紀夫。彼の筋肉もある種のフィルターだったんでしょうか。 心を鎧い、からだを鎧い。 自分の環境をバックパックに入れて、イヤフォン付けて外部を遮断。街を行くひきこもり、っぽい。 高校生のころとは打って変わり、無敵のあつかましい中年になった今、アジカンを朗唱して周囲の顰蹙を買っている。 Posted by: jugon : August 13, 2004 10:45 AM“嵐が今日のこの俺の生命を脅かしてやがる シェルターを見つけなきゃ オゥ!イェ! 俺は消されちまう” と35年前に唄っていたのはミック・ジャガーですが、若い頃ぁそりゃとことん無茶やっただろうミックやキース(特に!)が、嵐ごときに生命を脅かされることもなく、この21世紀の世ではすっかりヘルシーじいさま集団になって還暦過ぎてもステージで踊って歌いまくっている姿には、つくづく生命の不思議さを感じてしまう次第です。長い短いは別として、人生における嵐すら見方につけてしまった人間は、とことんまで強く、太く生きられるものですね。やっぱミックはいくつになってもカコイイや。 alt-editorのシェルター論の行き着く先に、“子宮の中の心地よさ”を感じ取ってしまった自分も、バックパックにインナーイヤフォンの完全防備スタイルでないと外には出れない自己シェルター野郎です。いや別に引き篭ってるわけじゃねえすけど(笑)、買い物するときはイヤフォン外すし。ってか自分が店員だったらそんな若モン、いくらミュートにしてても無理やりにでも外させるけどな。“外すのがめんどくせえ”って理論は礼のある世の中では通用しねえぞ、ってことで。 ハナシが逸れましたが、it's just a shot away!! ブッ放して第3段を期待しております。 Posted by: a_k : August 14, 2004 01:00 AMミック・ジャガーとキースはヘルスィーじーさんていうか完全なる「お薬漬け」じーさんのような。。。 なんちてとか言われてご丁寧に星まで付けられたからには軽くからかわれたようで無視できないんで一応書いときますが、“ロック=不健康”って図式も古いし安直だし正直ハァ?なんですが、わざわざ連中がヘルシーだって書いたのはもちろん昔の不健康なイメージを踏まえたうえで、随分当時とかけ離れたイメージになっちゃったな、って意味が含まれたものですのでご注意くださいませ。だいたい、「オレは不健康が取り柄だぜ〜!」とか痴呆めいたこと抜かす60代が2時間もブッ続けで腰クネらせてステージに立てんのか? 世の一般的な60代からみりゃ、そりゃ奇跡的な程ヘルシーだろうに。 「お薬漬け」ってのをどんな意味で書いたか知らないけど、アッチ方面のクスリって意味ならかれこれ20年以上手を出してないだろうし、キチンと処方された医薬って意味なら、60過ぎてあんな健康でいられる薬だったら自分としてもどんどん摂取して漬かってみたいくらいです。もちろん30年くらい前はある意味ドップリと“クスリ漬け”だっただろうし、キースなんかは更生施設に出たり入ったりを繰り返した暗い過去もあるわけですが、ここ数年のインタビューなんかを見るとステージに上がり続けるためやあの体型を保つため、いかに日頃からトレーニングを欠かさず、節制した生活を送っているか、といった健康面での話題が目立つようになってきています。 映画ダーティハリーシリーズで、現代激版ウェスタンヒーローとして描かれたはずのならず者刑事ハリー・キャラハンことクリント・イーストウッドが、part3か4あたりからやたらと健康オタクになり、遂にはタバコすら完全否定して「こんなもん吸ってるヤツは地獄に堕ちるぜ」みたいな台詞を吐くシーンには“そりゃ違うだろ!”と突っ込んでみたくもなりますが、フィクションと違う現実の世界で見事にサバイヴするストーンズのじいさまたちにはつくづくアタマが下がる思いです。 かつて「get off the stage!」と、老いたストーンズを揶揄した詩を唄ったあるミュージシャンがいましたが、残念ながら彼の方が先に半ばget offしてしまっている今、老いてなお歩を止めないストーンズの方がよっぽどロックを感じさせてくれる、というのが自分の正直な感想です。それでも、“ロッカーは不健康じゃなきゃダメッ☆”な原始の観念を持つ四角四面な自称ロック好きにとってはそんな姿は邪道極まりない姑息ジジイ集団にすぎないのかもしれないし、ロッカー失格の年寄倶楽部のように見る人たちもいることでしょう。ただ、好き嫌いのレベルじゃなしに、まさしく転がる石に苔つかずの40年近い彼らの活動、ストーンズがストーンズとして存在し続けることの意味を否定することが、ロックやポップ、白人R&Bそのものの流れをも否定することに繋がるというのも覚悟の上での横ヤリだったとしたら、十分納得できるし長々とこんな反論も書かないわけですが。 Posted by: a_k : August 14, 2004 04:57 PM自分のクルマをシェルター化している若者も多い気がする。 若者には危機感が乏しいとか言われているけれど、 ヘッドホンにニットキャップにバックパックにしても、 クルマを飾り立てたりカーペットを敷き詰めて土禁にしたりする人はかれこれ20年くらい前からいると思うし、特に昨今の若者に限ったハナシではないように思えますが。それこそ、北関東の農村部では昔からごく自然に(笑)見られる光景ですし。彼らの動向には、トラック野郎的世界への誤ったシンパシーや珍走団的悪趣味な趣向こそ感じられますが、あまり危機感云々とは関係ないだろうし、そもそも彼らに無意識下の思考を実際の行動に移せるような頭の回路があれば、それはもう少しまともな方向で現れてくるのではないかと思います。そしてそれはシェルター化とも異なり、ただ安直な自分の部屋化、もしくは装飾してそれを周囲に自慢したりする、どちらかといえば社交的、自己顕示的な目的が強いような気もします。同様に最近路上で目立つのが、パネルにスピーカーを埋め込み、周囲に爆音を垂れ流しながら走るビッグ・スクーター。バイクで音楽鳴らして聞こえんのか?楽しいのか?と疑問を感じますが、あれも自分に快適な環境というより、単なる自己顕示の欲張った顕れだと思えます。 それよりも、『最も落ち着ける場所は?』という問いに『クルマの中』と答えてしまうような、家庭内で自分の居場所を見出せないお父さん世代たちこそが、間違いなくクルマをシェルターとして利用しているといえるのではないでしょうか。昔観たテレビドラマで、家で揉め事があると決まって駐車場に停めたクルマの中に逃げ込んでため息をつくお父さんが描かれていたのですが、まさしくあれこそが身近にある逃避場所だな、と思いました。 まあ、どちらにしろalt-editorのシェルター論とはちょっと違う視点かな?とは思いますが。 Posted by: a_k : August 16, 2004 05:49 AMコメントする
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