January 25, 2005 12:00 AM

ホスピス論議最終結論 3

January 21よりつづく)
オレの担当看護師である聖看護婦Aちゃんにも意見を聞いてみた。病院は基本的に少しでも永らえさせようとするので、最後には呼吸器とかいろいろ付けられるそうだ。ホスピスと比べると目が届きにくいし個室の割合も低いので、ホスピスの方が「オクヤマさんらしい生活を送れる」とのことだった。ホスピスなら最後に管だらけにならずに済むということなのだろう。

ところで、このAちゃんが言うところの「オクヤマさんらしい生活」って一体何を指すんだろう? この看護師がオレの生活の一体何を知っているっていうのかね? そして、具体的に「オレらしい生活」ってどういうのを指しているんだ? ホスピスにそれがあるというのだろうか? オレの生活やオレらしさを知らないのに、そんなことが分かるというのだろうか? 実際に「オレらしい生活ってどんな生活?」とAちゃんに問うてみたけれども、答えはなかった。

周りの人、両親やAちゃんの考えている「オレらしい生活」というのと、オレが本当に望んでいる「生活」との差異がギャップを生み出しているというのが分かってもらえるだろうか? 

Aちゃんに聞いたホスピスに入る際の注意点というと、「自分で動ける内でないと入れない」ということだ。だから、少なくとも今ぐらいの状況で入ることを決定しなければならないということになる。これ以上悪くなって、身動きが取れなくなってからでは遅いのだ。ますます、入る気がなくなる事実だ。

それでは、どうしてここまでオレはホスピスを拒むのか? 目を背けるのか? 話すら聞こうとしないのか?

皆を納得させることの出来る合理的な答えは無い。

実際問題として、体調が悪いときや身体が動かないときは食事の用意とかで困ることもあるし、栄養バランスのと取れた食事を3食準備するなんていうのは到底無理だ。一人で深夜に危機的な状況になったらどうしようと不安になるときもある。

わざわざ困難な状況に身を置いているように見えるかもしれない。

分かりやすい例があるから、ここで書きたいと思う。中学か高校の頃か忘れたけれども、父に「作家になりたい」的な話をしたところ「教師になれ」との返事だった。その根拠は教師だと給料が安定しているし、9時5時で休みも多いから執筆に集中できるとのことだった。これを聞いてオレは笑うしかなかった。

小説の執筆を盆栽いじりか何かと同じように考えているのだろう。

父親は時間があって生活が安定していれば、執筆に集中できていい作品が書けるとマジメに思っているのだ。そんな連中の書いた小説が面白いとは到底思えないし、読者は読みたいと思うのだろうか? 時間をもてあまして、生活が安定していれば、面白い小説が書けるって? 時間が有り余って生活が安定していて面白い小説を書く作家がいたら、教えて欲しい。翻って、オレに当てはめると生活なんか全く安定していないし、一見時間があるように見えるかもしれないけれども体調が悪い時間が多くて集中できる時間も限られている。オマケに死のカウントダウンまで始まっているのだ。
(つづく)

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コメント

どんな奥山さんでもいいと思っています。
生きていてもらえたら。
魂がナビゲーターだと思ってます。

Posted by: メロリー : January 25, 2005 01:19 AM

初めてカキコします。

>皆を納得させることの出来る合理的な答えは無い。

とおっしゃいますが、皆を納得させる必要なんて無いんではないですか?
「だって嫌だから」
これだけで十分な理由になると思いますけど。色々意見する人はそりゃ、もちろん奥山さんにとって必要なんですけど、最終的に決断するのは本人。それはがんであろうと無かろうと同じですよね。ただ、意見する人って結果も求めるからなぁ(苦笑)。私は昨年妻をがんで亡くしたんですが、身内から治療についてあーでもない、こーでもない言われて非常に疲弊しました。特別扱いしないで、でも無視はしないで、患者のしたいようにさせるのが最良だと信じてますし、私はそうしました。最後に一言。「これが最後の○○だ」とか書かれてるとカッコ悪い気がする・・なんとなくですけどね。

Posted by: はちさん : January 25, 2005 01:55 AM

自分に想像力が欠けてるのかもしれないけど、活字ってのは無差別だから、
コラムだけを読んでると、時々、とても健康な人の文章をよんでいる錯覚をする。
だから「死へのカウントダウン」とかって言葉があるとはっとする。
その事に改めて気付くと、やっぱり奥山さんのしようとしてることは勇気があるし
クールだと思う。別にもっとピースに安穏としててもいんだろうけど、
「あえてそこで」っていう姿勢を自分は買ってるし、これは読者の多くにあてはまる
前提なんじゃないでしょうか。

奥山さんへ
別に合理的な答えなんていりません。ディベートの収束が目的ではないので。
御自身の納得のいく生き方をしてください。
自分はただ奥山さんの次にすることに興味があるだけです。

Posted by: eng : January 25, 2005 02:01 AM

安定した状況を嫌っているように見えるのは、
最後まで作家であり、ライターであり続けたいからなんじゃないかなって私は思いました。
その気持ち、とても良く分かります。
結果的にどのような道を選んでも、私もただ奥山さんが考えることに興味があります。


Posted by: シャア・アズナブル : January 25, 2005 03:59 AM

なんか、Aちゃんも、ご両親もまるで自分たちは死なないような口ぶりに聞こえるのが気になりますね。
自分だってそのうち死ぬのに。
私も自分が死ぬのは怖いけど、魂がエクストリームすることなく一生を終えるほうがもっと怖い。
安らかな人生だけが幸せな人生だとは限りませんものね。
現在、自分は明日をも知れない身ですが、結構面白おかしくやってます。
奥山さんもいろいろと大変でしょうけど面白くやっていってください。
私にはちゃんと両親がいない分いくらかは楽なのかな?

※エクストリームって意味まちがって使っているかもしれないけど、X-Gameみたいなそんな感じです。

Posted by: ikezo : January 25, 2005 05:40 AM

ご自分の時間が限られていると感じている時に、家族などが未だ深い理解を示してくれなかったり、ずれをいやというほど感じたり、気持ちをくみとってくれないのは非常に辛いことだと思います。

Posted by: Mia : January 25, 2005 07:35 AM

結構いますよ、2足のわらじ作家。奥山さんの日記にも度々登場するドン・デリーロも、長いこと広告業に携わりながら執筆していたそうです。

公務員作家の代表と言えば、フランツ・カフカかな?

Posted by: にこ : January 25, 2005 12:01 PM

engさんのコメント、共感しました。私(たち)は生身の奥山さんのことはほとんど知らず、ブログなど活字になった「言葉」を通じて奥山さんに繋がっているんですね。「奥山さんの望む生き方」だって本人しかわからない、本人にしたって今日と明日で望むことは変わるかもしれない、それでいいと思います。
ところで、「自分らしい生活」も同義だと思うのですが、病院で辛い延命治療で苦しむ代わりに、「自分らしい生活」を送ることができる場所として「ホスピス」を選択した(あるいは選択したいと考えている)患者は大勢いらっしゃるんでしょうね。

Posted by: あさ : January 25, 2005 12:19 PM

もう、奥山さんはご自分で決めていらっしゃると思いますが、私の選択は、在宅医療です。(今のところ)
私の通院友達(30歳)も往診と訪問看護を選択しました。(通院が困難になったので)
そういう在宅で闘病することを支えてくれるものはあるようです。自宅に他人が入る事を許せるならば。

Posted by: のり : January 25, 2005 01:56 PM

はじめまして。
私も奥山さんと同年代で、悪性腫瘍を患った経験もあり
仕事も割と近い業種だったりして、ずっとROMってました。

「生きる」コトは「選択する」ってコトそのものであって
合理的かどうかはまったく別の問題だし
むしろ非合理さ加減も「その人らしさ」だろうし。

“ホスピスはロックじゃないからイヤ”で俺的には充分。

Posted by: 俺は俺の死を死にたい : January 25, 2005 02:45 PM

死んだ夫の事、死の事、ずっと考えています。夫はホスピスに予約を入れましたが最期は一般病棟のベッドの上でした。
ホスピスの予約もそうですが、死ぬまでの生き方も、全部夫が選択しました。愛するものを失いたくないあまり私もいろいろ口を出したりしてしまいましたが彼の生き方にすべて委ねようと思いました。著者は今思い出せませんが、アメリカ人の(大雑把)書いた「死にゆく人の17の権利」(だったっけ、不確かですみません)を読んで心の底から共感するところが多かったです。
奥山さんの、文筆業であること故の社会的な責任とか、家族の方への感謝がないとかに言及される方もいらっしゃいますが、ものを書いて身をたてていらっしゃる方が自らの生き方や選択や、それに付随する葛藤をなぜ正直に書いてはいけないのでしょうか。今の奥山さんの心の芯からの思いに、社会的責任などを要求するというのはすごく奇妙だと思います。今の奥山さんの思いは、奥山さんなりに非常に研ぎすまされたカタマリのように感じられます。奥山さんがホスピスをどうして嫌がるか、納得のいく答えを論理的に要求するなんて、意味があるでしょうか。

奥山さんの文章を読んでると、全然「オレはひとりだけでいきてるぜ」とかいうわがままな感じは伝わってこなくて、むしろ、少なくとも私よりはまわりの人に敬意を払っていらっしゃるように思えるんですが。

Posted by: 中西久美 : January 25, 2005 11:44 PM

直接お会いしたことはなくても、テレビで拝見しただけだったり、文章を読ませていただいたりしているだけでも、ここまでみんなに好かれる奥山さんて、すごいですね。

Posted by: emo : January 26, 2005 12:06 AM

ご両親の気持ちも判らなく無いですがやはりどう生きていくのかを決める権利があるのは奥山さん本人です。思う道を進んでください。それを見守って行きたいというのがコラムを読ませて頂いてる私の率直な意見、です。

Posted by: 黄色のとり : January 26, 2005 12:37 AM

>文筆業であること故の社会的な責任とか、家族の方への感謝がないとかに
>言及される方もいらっしゃいますが、
>ものを書いて身をたてていらっしゃる方が
>自らの生き方や選択や、それに付随する葛藤を
>なぜ正直に書いてはいけないのでしょうか。

誰もそんなことは言ってないと思うが?

選択も自由、葛藤を書くのも自由だが、
自分の趣意と違う他者を批判する姿勢は頂けない。

今回のブログを読んで、正直、見損なった。

Posted by: A : January 26, 2005 02:56 AM

 実直で勤勉そうな親父さんのこと嫌いなのかな。この人
親のことを「笑うしかなかった」って、酷くねぇ?
 たぶん人の親になってないからこういう暴言吐けるんだと思う。親なら子供に対して自分の羽がぼろぼろになるまですべての困難から全力で守ってあげたい筈、その気持ちからなるべく安全な選択肢を進めるのは当然。
安定した生活からはいい文章は生まれないと信じているみたいだが無頼派の小説がみんないい小説か?
ほとんどの小説家は最初食えるだけの他の仕事をやりながら文章で食えるようになって初めて専業っていうのが多い。
 だいたい自分からAちゃんに意見を聞いておいて
オレらしい生活を理解してないって、何か酒癖の悪い親父みたいだ。
 頑張ってるのは分かるけど
「究極の悲惨な状況でクールにニヒルにサイバーに
最後の生を燃やすぜ 俺」って
なんでも書いていいとは思わないけどね。30過ぎの文章にしては幼いし、はっきり言ってもしあなたが健康ならその程度の実力では本は売れないよ。

Posted by: 元エディター : January 26, 2005 08:57 AM

元エディターさん

同じくらい売れる本を書くか、せめて同じくらい売れる本の企画を通してからこういう口をききましょう。

Posted by: Lon : January 26, 2005 09:47 AM

ホスピスの話になって、みなさんの反応がすごい興味深いですね。特に、ご両親関連ではいろいろな意見があってつくづくセンシティブな問題だなあ、と思うのですが。
 >元エディターさん
親が全力で子供を守りたいと思うこと、翻ってみれば、親の方が”安全だと”判断した場所まで子供を持って行きたいということは、相手が成人にあっては、それは一つの親の側の勝手な判断であり、我が侭であるということも言える気がします。もちろん、奥山さんも我が侭を言っていると自分も思いますが、ここは親子同士の我が侭のぶつかり合いのような気が。自分は二児の親で、子供は可愛い盛りでまさに両手で囲んじゃいたい気分でありますが、奥山さんの気持ちは分かるし、彼の文章は、親という存在に対しての戒めでもあろうと考えています。
お父様を笑っちゃう件、お父様でなければきっとそのまま縁を切ることもできるのではないでしょうか。”笑うしかない”という文には、自分は裏にある奥山さんのDNAレベルの愛情(執着?)を読み取りました。自分の期待通りになってくれない肉親、肉親の期待通りになれない自分、ということに、正直なだけな気がします。まあ、それはこちらのミスリードかもしれません。
ただ、人の親になってもこういう”暴言”は吐けるということでひとつ。

最近、このblogの意味について考える日々です。仮想現実としての奥山さんと後ろにいるであろうリアル奥山さんの、存在するであろう微妙なずれに、ある種の不安定さを感じています。
 例えば、リアル奥山さんの立場を慮ると、先の元エディターさんの意見は「ちょっときついかもー」と批判の一つもしたくなってしまいますが、仮想現実の奥山さんが、ここを、自分の文章に対するいろいろな人の反応を伺う実験の場ととらえているのであれば、批判をするのも違うかと思い。どちらの立場を取りつつここを読むか、自分でも計りかねています。

 最後に小説家と安定について。客観的な意味で生活の安定ということであれば、村上春樹氏なんかもそれに当てはまると思いますよ。しかし、精神的な安定というとそれは又別の問題で、要は生活面で安定してても心に波風を立てることの出来る人と、生活面からも葛藤を求める人のタイプの違いという気がします。奥山さんは後者なのでしょうきっと。なににしろ、揺れてないと小説家は難しいのでしょうね。

長文失礼。

Posted by: みうら : January 26, 2005 12:09 PM

奥山さんの日記には心打たれる何かがあって、うんうん ってうなずきながら、時にジーンときながら読んでます。 共感できるところ多いんだ。

 私も癌になってから、悔いのないよう、 わがままに、生きれるだけ生きてます。

奥山さん 
ふんばって ふんばって ふんばりまくってっ!!!
        
               

Posted by: M : January 26, 2005 12:09 PM

負けたくないんだな・・と思いました
永遠のライバルであるお父様に、
そして死に対しても

お父様の気持ちを受け入れられないのは
当然あるはずだった自分の
自分だけの未来も奪われた上に
負けたくないものに
永遠に勝てない事を認める事になりますもんね

Posted by: みなこ : January 26, 2005 02:45 PM

私は小説読むの好きですけど、いい小説ならそれを書いた作家が、安定した生活を送っていようが、ホームレスだろうが、癌患者だろうが、気にしません。
作家の私生活なんて、ある意味、読者にとっては余計な情報です。もちろん、背景を知れば、より深く読めることはありますが、それは小説の力を水増ししてしまうことでもあります。

奥山さん自身、元エディタさんのおしゃっている「もしあなたが健康なら・・・」のことは充分わかっているんじゃないかと思います。真実の部分もあるでしょう。それほど、一ライターが作家として本を出すのは難しいことだからです。

奥山さんの不幸は、日記でも、コラムでも、小説でもつねに読者に、癌というバックグラウンド情報と一緒に発信されることだと思います。

奥山さんの現状(あせり、と言っていいのかわかりません)が 「そんな連中の書いた小説が面白いとは到底思えないし、読者は読みたいと思うのだろうか?」と書かせるのは、人間としては理解できます。しかし、一小説読みとしては、作家に言ってほしくない言葉かなと思います。がんばって、最後まで作家として生きる努力を続けてください。

Posted by: むむ : January 26, 2005 04:35 PM

「31歳ガン漂流」を読んで、すぐこのサイトをみました。
どんな環境、状況になっても日々をよく生きる 
 そのことに払っている心構え、覚悟みたいなものに作家としてのプロ意識を感じました。普通の人ではまず無理です。

私は、看護師でいつもがん患者さんの側にいます。
奥山さんの本を読んで、医療者が患者さんにできることって、正直あまりないのかなと思ってしまいました。
ホスピスは、環境面もありますが、疼痛コントロールとコミュニケーションではやはり優れていると思います。
痛みをとる、という目的だけでも行ってみる価値があると思います。そして、本やサイトだけではとても推し量ることができないような、スピリチュアルペインも和らげてくれる人に出会えるかもしれません。
筑波大学付属病院に、素晴らしい認定ナースの方がいます。
信頼できる医療者との出会いが、何よりの治療となる場合もあると思います。

Posted by: カメ : January 26, 2005 06:04 PM

奥山さんの自分らしくは奥山さんにしかわからないし、周りの意見は周りにしかわからないし。
問いたい気持と否定したい気持は否めない。
お互い分かり合えることは難しい。

頑張れ奥山さん。
頑張れ周りのひと。

Posted by: 賢 : January 26, 2005 08:40 PM

"父親は時間があって生活が安定していれば、執筆に集中できていい作品が書けるとマジメに思っているのだ。"
っていうのは、仕方ないですよね。
多分お父様は、奥山さんとは違う種類の仕事をしていらっしゃるのだろう。つくる側にならないと、そういうことはわからない気がする。父や母と違う部類の仕事をしている私のことを、親はやはり頭でわかっても、感覚としてはわからないみたい。

それで、私は、奥山さんが自分らしい選択をしてくれたらいいな、と思うだけです。私は今ふつうに健康で、奥山さんの気持ちを感覚としてはわからない。だから、健康である人々のいうことは、あまり参考にしないで、これからを生きてください。

Posted by: ゆう : January 26, 2005 08:48 PM

>死のカウントダウンまで始まっているのだ。
なんだか泣けてきて仕方なかったです。誰にでもカウントはされているけれど、奥山さん・・・。なんか、すごく寂しい言葉ですよね。

全然関係ないことなんですけど、私はいつも奥山さんのコラムと日記を読むのが(以前出された本も)習慣になっています。1日1度は必ずガンエヴォをみるのですが、サイトにある時計を見るのがいつも怖くて、不安になります。サイトにある、あの時計がもし止まっていたらどうしよう・・・。なんていつもいつも考えてしまいます。サイトにアクセスしたら、ついついあのデジタルの時計をずっと見つめてしまっている自分がいます。

Posted by: マエハラ : January 26, 2005 10:46 PM

母が、一月十五日 突然くも膜下出血で倒れました。
状況はかなりシビアです。
年齢も年齢ですので、数日後に骨になっているのか、
来月にはリハビリにいそしんでいるのか、さっぱり見当がつきません。

全くお門違いのアドバイス、うっとしいお説教、どんな言葉でも良い。
私はもう一度母の声を聞きたい。

元気なお父様の声を聞ける奥山さんが
うらやましい。 そして 少しだけねたましい。

私は・・・
母の声をもう一度聞きたい。
後は何もいらない。


Posted by: Tashiro : January 27, 2005 12:58 AM

>一見時間があるように見えるかもしれないけれども体調が悪い時間が多くて集中できる時間も限られている。

・・・のに、これだけのブログを書いて、小説もかいて、日記の第二弾まで出しちゃうんだぜ!ってことですか?

これを理由にするのであれば、もうやめたほうがいい。かっこ悪すぎる。

Posted by: MS : January 27, 2005 03:03 AM

私の祖母は、余命3ヶ月と告げられてから2年半もがんばってくれて、主治医にも、「実際、この状態でこれだけもった人を見たことがない」と言われました。最後の半年は、抗がん剤の治療がきつくて、みるみるやせ衰えてしまって見ていて辛いところもありましたが、それでも最後の一日まで意識があり、食事とはいえなかったかもしれないけど、自分の口でご飯を食べられました。1日でも長くいてくれたことが、私たち家族にとって救いでした。突然の別れには絶えられません。同じ頃、従弟とは突然の別れでした。朝元気で出て行ったのに、お昼に事故して、夕方には息を引き取ってしまいました。

死に方というのは、本来は選べるものではないので、比べることはできないけど、私は自分が癌になったとき、負け惜しみじゃないけど、まあ事故よりは自分として納得できるかなと思いました。自分自身にも、周りの人にも別れを惜しむことができるというか、覚悟ができるといったら強がり過ぎか・・・。幸いにして私は回復したのですが、当時はそんなふうに考えていました。

勝手なことを長々と書いてしまいました。祖母みたいなのはレアケースなのかもしれませんが、奥山さんのゴールデンウィークが、春休みくらいになってくれることを祈っております。

さらに蛇足ですが、Aちゃんが「オクヤマさんらしい生活」と言ったのは、「人間らしい」を患者さんへの親近感を込めて言っただけじゃないかな。きっと。

Posted by: hiro・K : January 27, 2005 04:39 AM

痛みのあまり動くことも考えることも出来ない生活は誰らしくもない。

Posted by: み : January 27, 2005 05:29 AM

> “ホスピスはロックじゃないからイヤ”で俺的には充分。
これこれ、すごい共感。

もしよければ奥山さんに質問なんですけどいいですか?
要は身体的な痛みについてなんですが、
僕は全身がすごく痛いです。全身がぎっくり腰って感じで、
ひどいときには痛さで熱が出てくるぐらいです。
あまりにひどいときはぎっくり腰でといって会社を休んでます。
でもそうでもないときは出社してます。
一応、痛みには結構慣れたし徹夜の多い業界なので会社の人には
「ikezoさん死んでますね〜」
って、言われるぐらいで誤魔化せてます。
奥山さんは痛みはどうですか?
ガンて、ものすごく痛いって聞いてるもので。
僕なんかとは比べ物にならないくらい痛いのかな?
でもこの痛みを和らげるためにホスピスに入らず。
かつ、例えばですが、
この痛みを存分に味わいそれを本にするというのは
かなり、ロックというか、パンクというか、
私的に言えばエクストリームです。

親問題でいえば私の場合は、父は失踪。
母親には
「私は好き勝手に生きて野垂れ死にをする。
 そういう生き方を選択できるように育ててくれて感謝をしている」
と告げたきりほとんどあってません。
でも、母親と話をするときは楽しく話してますよ(2年に1度くらいですが)

Posted by: ikezo : January 27, 2005 05:39 AM

読んでて痛いなと思う事が多いので
もしかして奥山さん
相当辛い状況にいらっしゃるんじゃないでしょうか

ここは
奥山さんと生を結びつける場所だから
書かれなくなる事がないとわかっているだけに・・・・

Posted by: め : January 27, 2005 09:22 AM

男の人って、お父さんと違う!って言いたい人多いかも。
なんだかんだ言ってても、30過ぎると「似てるなぁ」って思うんですけど。
そんなん含めて反発?(ちょっと違うんですがイイ言い方が思いつかない)
したい気持ちもわかるし、
ネット環境にしても、現状にそんなに不便を感じず、
興味がない場合は覚えよう!って気にはなんないでしょうね。
いろんな意味で親に対するイラダチの様な物が、あるような気がします、男の人って。
どうですか?
個人的にはウチのダンナもそんななんで、
かわいいなぁと思うんですが、女の方どうですか?
こんな風に思われてるって、男の人イヤだと思うけど。

Posted by: しまこ : January 27, 2005 11:26 AM

初めまして。
奥山さんには必要ないのかもしれないけれど、ものすごく差し出がましい言い方ですけれど
弱音を吐ける場所はあるのだろうか、弱音を吐ける相手はいらっしゃるのだろうかと、つい思ってしまいます。
せめて、お心だけでも癒される時間をお持ちになれることを祈りながら、いつも読ませて頂いています。

人って結局皆、相手に自分を押し付けて、お互いに自分を押し付けあって暮らしているのだと思います。
譲り合ったり、諦めたり、押し切ったりしながら日々過ごしているのではないでしょうか。
そしてそれは、健康だからとか病気だからとか関係なく。

親というものは、例えば子供が自分より大物になったとしても(変な言い方ですが)、結局は「自分の子供」でしかないんです。
もしご両親の意見を受け入れホスピスに入ったとしても、入らなかったとしても、大切な人に先立たれた後残された者は「あれでよかったんだろうか・・」と自問自答するんです。

3人の子供を持っています。親として色々言いますし、ぶつかりもします。もし息子が奥山さんと同じ状況に置かれたら・・・と考えてみました。
色々なやり取りがあり、お互いに苦しむかもしれませんが、最後の最後には「自分の思いを貫き通して生き抜いたんだな」ということが、逆に残されたものの心のけじめになるのではないかな、と思います。
人それぞれですから、一概には言えませんけど・・・。

押し切って下さい、最後まで。最後まで諦めずに。奥山さんが書き続けていらっしゃる限り、ずっと読ませて頂きます。

Posted by: しぃ : January 27, 2005 12:17 PM

IT企業勤めだったワタシの友人は
そりゃもうどっぷりのデジタル野郎だったが、
昨年会社を辞め、イタリアの片田舎に家を買って移住しやがった。
正月休みに遊びに行ったのだが、
家の中にデジタルの影は殆ど無く(NotePCはあるが)、
スローフードとスローライフを満喫していた。

奥山クン。
デジタルじゃない人間やロックじゃない人間を、
小馬鹿にしたり嘲笑したりしてはいけない。
キミの価値観を押し付けてはいけない。
キミにとってホスピスが無価値な場所であるように、
デジタルやロックを不要とする人間も多数いるんだ。

Posted by: pazzo : January 27, 2005 04:03 PM

奥山さんが、ホスピスに入りたくないと思ったのには理由はあると思います。
以前、奥山さんが母君に実家にADSLを導入してもらえるように何度もお願いしたと書かれた日記がありました。その時、希望が叶わなかった。すなわち、ご実家で奥山さんが仕事が出来ない環境になってしまった。(自分が好きな事が出来ない状況は辛いです。)それで、実家での生活を諦めて、今の生活を選ばれたのですよね。それなのに、今の生活をやめて、ホスピスに入れと言われるのは、辛いと思いました。
奥山さんがホスピスに入りたくないというのは、そういった一連の流れから発生したものだと感じました。(奥山さん、間違っていたらごめんなさい。)
自分らしく生活するのはわがままな事でも何でもないと思います。周りの人間が出来ることは、本人の意思を尊重すること。助けを求められたら、手助けをする。それしか出来ません。それが、人間らしい生活なのではないかと思っています。
わがままに生きましょう!

Posted by: エフ : January 27, 2005 05:05 PM

奥山さんこんばんわ(●^o^●)二度目の書き込みです。今回もじっくりみなさんの意見を読ませてもらいましたが、結構ホスピスの話題になるとシビアな意見を言う人いますね。私がどうしても許せないと思ったのは、親のこと嫌いなのか?などという人。どういう神経してるの?って思う。これまでの奥山さんの文章読んでないんとちゃう?奥山さんの日記には親に対して感謝している、心配かけて申し訳ないという記述が何度もあり、とてもよく伝わってきます。近い存在だからこそ、腹が立って仕方ないとかそういう感情はよくあることだし、当然です。それなのに他人に嫌いなのか?などと言われて、それを読む奥山さんの気持ちを考えたら、ほんと涙でてきます。誰でも親に対してそんな感情になったことあるやろ?物書きやから言葉を選べやなんて、これは奥山さんのhpやろ?本音書いたらいかんのですか?

Posted by: 麻雀好きの哲也 : January 27, 2005 07:50 PM

奥山さんは 、 小馬鹿にしたり、嘲笑したりして、もいないし 価値観も押しつけてはいないし、まして
ホスピスが無価値な場所などと 書かれてないと思いますが。

で 麻雀好きの哲也さんが書かれてるように、これからもますます(本音日記)にみがきをかけてくれることでしょう。

Posted by: ペコ : January 27, 2005 09:01 PM

ホスピスは、地震が動ける内でないと入れないというのは病院によるのでしょう。
告知をしなくても入れます、ちなみにお金がかかる金持ちしか入れない、宗教的な場所というのも妄想です。
現実はいろいろなパターンの対応をしていただける場所です。こんな状態になったらホスピスへという選択もできます。患者本人が選択するのではなく、家族が選択をする方法もあるんですよ。

Posted by: うな : February 6, 2005 08:29 AM

奥山さんは入る気がないと答えを出してるじゃないですか。家族が選択するって?何を?
なぜ今そんなアドバイスができるのか私には理解できません。
優しさや良かれと思うきもちがあるのは解ります。それならなぜ奥山さんが何を望んでいるかを考えられないんですか?
ご両親とのいい時間とか今の生活で不安はないだろうかとか。そういった今の状況に歩み寄り考えられないのでしょうか。

Posted by: aki : February 6, 2005 08:39 PM

元エディターへ あなたの文章には情も心も感じません。むかしの時代の嫌いな奴が死んでも喜んでいるようなくそ人間のかおりがします。死の宣告をされている者には時間がたっぷりあるわけではない。悪い所、短所等すぐには変わりづらい   
ものも多い。幼く感じたとしても違う言い方は出来なかったのか?あなた自身が幼く見られることもわからないのか?賛否両論いいと思うが、最低限の礼儀を持たぬものには参加する自由はないと思います。 あと親なら誰でも子を全力でうんぬん〜というくだりは幼すぎるわ。わかったようなかおをして、実際はとんちんかんな昔の人間を思い出します。

Posted by: やまも : July 26, 2005 05:14 AM
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