November 30, 2004 04:00 PMNovember 30, 2004 03:58 PMNovember 30, 2004 12:00 AM快適音楽生活に隠された影の歴史 3November 26よりつづく どうして、しばらく禁止されなかったかというと、ピア・トゥ・ピアという方式による。これは冒頭でオレが友人からメッセンジャーを使用してファイルを手に入れたのと同じ方式で、自分のマシンと相手のマシンを直接接続して行われる。この途中で音楽ファイルがどこかのサーバーにアップロードされて、それをダウンロードすれば著作権侵害なのだが、ピア・トゥ・ピアはサーバーを介さないで直接やりとりをする。ネット上でマシンとマシン同士が手渡しでファイルを交換しているという訳だ。ネットで見られるのは音楽ファイルのコレクションリストだけで、ファイルそのものがネットにアップされている訳ではない。自分の音楽コレクションのインデックスをネットにアップするだけでは、当然罪に問うことはできない。 言ってみれば、ネット上で自分のコレクションの情報をやりとりして、個人的に貸し借りしているということだ。PCとネットを介しているだけで、基本的にはやっていることは友人同士のCDの貸し借りと変わらないということなのだ。問題なのはその「友人」の解釈の問題で、ナップスター使用すると「友人」がそれこそ世界規模で広がってしまう。それが、個人的な用途によるバックアップの領域、お目こぼしを越えてしまったという訳だ。 実際、最初ナップスターは本当に音楽好きの為だけのプログラムだった。タダで音楽ファイルを手に入れようという卑しい連中の集まりではなく、本当に音楽好きな連中の集う場所だった。共有しているファイルの数で本当に音楽好きなのか、ダウンロード目的の卑しい野郎か見分けが付いたし、持っているファイルの種類でどんな傾向の音楽が好きかが分かったので、地球の裏側にいる人間と好きなアーティストやジャンルについてチャットで会話できたりもした。また、CDのバックアップだけでなく、いわゆるブートレグで出回っていたようなライヴ音源や別ミックスなどのレア音源、廃盤になってしまったアナログ音源なども入手できた。何しろ、地球上に1人でもその音源を持っている人間がナップスターを立ち上げていれば、そのファイルを入手可能だったのだ。 ナップスターはそういう意味で音楽好きにとっては究極的かつ圧倒的なツールだったのだが、その蜜月関係は長くは続かなかった。マドンナなどの有名アーティストのリリース前の音源などが出回るようになり、その違法性のみが注目されてしまうようになった。そうして、ナップスターは使えなくなってしまった。ナップスターでは著作権者にはお金は入らないのは事実なので、アーティストにとってはこれで良かったのかもしれない。しかし、音楽ユーザーとしてはネットを使った新しい音楽の楽しみ方を一つ奪われてしまった。 世の中ではさらに最悪なことが起こり始めていた。コピーコントロールCDの登場だ。その頃にはCDを買ったり、借りたりした後にPCにリッピング(取り込んで)して、PCからファイルを再生したり、シリコンオーディオプレーヤーなどのポータブル・デバイスにコピーして楽しんだりするのが当たり前になっていた。 PCにバックアップをとって家で聴いたり、オーディオプレーヤーにコピーして聴くのは「個人的な用途」以外の何者でもない。さらにコピーコントロールCDは通常のCDよりも音質が悪くなっている上に、CDプレーヤーを傷めるのだ。PCのドライブでの読み込み時にエラーを起こして読めなくしているので、通常のプレーヤー何とか読めるけれどもピップアップ部分に負担がかかるらしく、プレーヤーが早くダメになるのだそうだ。 ちゃんと、正規の代金を払っているのにもかかわらず、ユーザーとしての正統な権利「個人的にバックアップする」「ハイクオリティで音楽を楽しむ」すら剥奪されたら、誰がこんなものを買うと言うのだろうか? 実際に、CCCDになってからは、どんな好きなアーティストのCDも買わなくなった。ユーザー性善説ではなく、性悪説に則って行われたこの方式は、本当に音楽好きな人達をCDから遠ざけることになった。 (つづく) November 29, 2004 11:03 PMNovember 29, 2004 10:57 PM一応、復活一応、セーフモードで起動できるようになりました。 体力が落ちていたり、ベッドで寝返りを打つだけで痛んだりするのですが、一応PCの前に向かえるようにはなりました。 オレが苦しんでのたうち回っている間にも、みんなはドラクエとかを楽しくやっているとおもうと悔しくてしようがなかったな(笑) November 28, 2004 01:01 AMNovember 26, 2004 12:00 AM快適音楽生活に隠された影の歴史 2(November 22よりつづく) 高校に入り市内に通い始めると、レンタル店を利用できるようになった。ラジカセもCD付きにパワーアップしたので、レンタル屋で借りてはテープに落とすという作業を繰り返してライブラリを増やしていった。他の店ではどうだったのか分からないが、オレが利用していた店「ミュージック昭和」ではレンタルコーナーと一緒にコピー機が置いてあって、インデックスをコピーすることができた。手書きでインデックスを書く苦労から解放されたのだ。同じ場所にカセットも売っていたし、CDのパッケージには収録時間を書いたシールが貼ってあったから、尺に合わせてカセットを選ぶことができた。カセットの収録時間は割と細かく分けられていたし、カセットのデザイン、色も豊富にあった。また、ノーマルポジション、ハイポジション、メタルテープなどグレードの違いもあった。 高校生の頃にはたまにCDを買う程度の小遣いはあったが、メインの音楽供給元はやはりレンタル屋と友人同士の貸し借りだった。だから、この頃も基本的にはバックアップとコピーで音楽生活を送ってきたことになる。これまでとの違いはレンタル屋で借りると、著作権者にもちゃんと収入が入るという点だ。そういう意味では、金のない割に筋の通った真っ当な音楽生活だったといえる。 浪人、大学時代は東京に出てきた。東京には田舎の時には無かった外盤屋が沢山あった。外盤は国内版に比べると圧倒的に安い。その頃にはほとんど洋楽しか聴かなくなっていたし、バイトなどで自由に使えるお金が増えたので、割と自由にCDを購入することができた。この頃はダブルカセットデッキ付きのミニコンポを使っていたのだが、たまにまとめてレンタルしてきた旧譜をバックアップする程度で、ほとんどのCDやレコードを購入するようになっていた。 この時期に「不健全」な音楽生活を送っていたとすれば、ブートレグの存在があった。ブートレグとは海賊版のことで、アーティストのライヴなどを隠し録りしたものを、パッケージにして売っているものだ。ライヴを録音することは主催者側が通常禁止しているし、それをコピーして商品として流通させるのは当然違法である。ただ、あまりにもニッチというか、マーケット自体が小さすぎいわゆる本当の好事家のみの世界だったので、著作権者側からは黙認というか無視されていたようだった。 今のようにジャズ喫茶にまでジャスラックから何百万も請求が来る時代なら黙認されることはないだろうが、当時はそれほど目くじらを立てられなかったのだ。もちろん、隠し録りされた音源なのでクオリティは低いのだけれども、好きなアーティストのライヴを聴きたいという欲求には勝つことができずに、ブートレグのCDやビデオをたまに西新宿のマニアックな店で購入していた。バックアップはほとんど取らなくなっていたが、コピー商品にはちょっとだけ手を出していた時代だ。 社会人になったあたりで、MDが登場してきた。オプティカルで入力できたり、ランダムアクセスできたりとカセットには無い素晴らしい機能が満載だったのだが、ほとんど使わなかった。というのも、この時期になると忙しくてCDをレンタルしなくなってしまったのでニーズが無くなったのだ。もっぱら、購入したCDをポータブルCDプレーヤーで聴いていた。 (つづく) November 25, 2004 08:47 AMNovember 25, 2004 06:38 AMNovember 24, 2004 06:03 PMNovember 23, 2004 11:57 PMザ・シムズ2日記1
3Dになって、重たくなって何とか動作するという感じなのだが、基本は前作と同じで面白い。顔や服装を細かくモンタージュできるので、自分に似せたキャラクターを作成、一人暮らしさせている。 早速、腐った食い物を食わせてしまって食中毒になったりとか、フロに入らなくて相手が女友達が体臭で顔をしかめたりしてしまった。 驚いたのは、星座で性格設定をしたら、気質が「思考する者」になって、PCを使うときのオプションになんと「小説を書く」「日記を書く」って言うのがあるんだよ! 現実でも、ゲームの中でも小説と日記を書き続けるなんて、何とも皮肉だ。 さらには、MP3ファイルをゲームのフォルダに放り込むと、ゲームの中のステレオでその音楽を聴くことができる。うーん、素晴らしい! November 22, 2004 12:00 AM快適音楽生活に隠された影の歴史 1U2はipodのCMにノーギャラで出演したという。 たまたまU2の最新アルバム「How to dismantle an atomic bomb」のMP3ファイルを無料で聴けるチャンスがあった。友人が購入したCDをメッセンジャーでファイル送信してくれるというのだ。そうすればU2のアルバムに関しては全くお金を使うどころか、友人宅に借りに行くという手間すらかからずに手に入る。 でも、結局買う予定だったのもあって断ってしまった。自慢したいのではない。オレはこれを劇的に変わってしまった音楽との付き合い方についての象徴的な事例として捉えている。「もし、ファイルを受け取っていたら犯罪じゃないか」と思うかもしれないけれども、このファイルをお金で売るか、もしくは不特定多数の人間が自由にダウンロードできる状態にファイルをどこかにアップするか、何らかの集まりの時に流したり、演奏したり、海賊ラジオで流したりしない限り、罪にはならない。個人的な用途に関しては、複製する権利が保障されているからだ。音楽ファン同士の貸し借りの世界である。 1 賃貸業に使用すること 2 個人的な範囲を超える使用目的で複製すること 3 ネットワークなどを通じてこのCDに収録された音を送信できる状態にすることを禁じます。とCDのパッケージ裏には明記されている。言葉の解釈によって違ってくるが、先の行為はこれらには当てはまらないように思える。1はもちろん、2は個人的な友人との間のことだ。敢えて言えば、3が当てはまるのかもしれないが、「送信できる状態にすること」が具体的にどういうことを指すのかが分からない。多分、サーバにアップしたりすることを指しているのだと思う。 つまり、ファイルをくれようとした友人とのやりとりは「CDを借りた」ということと同じなのだ。それがネットワークを通して、より洗練されたカタチで起こりうるということを意味する。CDを友人同士で貸したり借りたりして捕まったという話は聞いたこと無いだろう。無論、褒められた行為ではないが、犯罪ではない。著作権者の懐に何も入らないという点に関していえば、「ブック・オフ」も同罪だし、お金を儲けていることを考えれば、どちらが罪深いか明確だ。 今回のことをきっかけに、これまでの自分と音楽の付き合いを再検証してみた。すると、自分にとって、音楽リスニングの歴史はほぼ音楽コピー、バックアップの歴史だったことに気づく。尚、当時聴いていたアーティストや曲のディティールについては、書き出すときりがないので、また別の機会に譲ることにする。 最初に音楽を自覚的に聴き始めたのは、小学生の頃だ。幼児期にヒーローものの主題歌が入ったLPレコードを買ってもらった記憶はあるが、親から買い与えられただけで自覚的に聞いていたとは言い難い。小学生の頃にYMOのレコードを買ったり借りたり、またはラジオをエアチェックしたり、テープをダビングしたのが、最初の音楽との付き合い方だった。 小学生にとってはレコードなんて高価なものだったし貸し借りできた相手は1人しかいなかったのだが、親のソニーのハイファイシステムで初めてYMOを聴いたときの気分は今でも鮮明に思いだせる。この段階ではまだレコードから、テープに落とすというワザは編み出していなかった。親とかが音楽好きならよかったと思うのだが、父親は全く音楽を聴かないだけでなく、重度の機械オンチなのであった。購入したのは母親だったのだが、彼女はハイファイシステムをインテリアとして捉えていた。 小学生の高学年になり、アイワのダブルデッキ・ラジカセを買ってもらうと、ラジオのエアチェックを本格的にするようになった。当時はレコパルというラジオ番組情報誌があって、今のTVブロスなどの情報誌のようにラジオの番組表がそれには掲載されていた。それを入手して、自分の好きそうな曲がかかる番組、自分の好きなアーティストの特集番組をチェックして、蛍光ペンか何かでマーキングする。 そして、その時間になると、手動で録音をするのだ。録音ボタンをポーズボタンで止めておいて、ポーズボタンで録音を開始する様な感じで。番組を録り終わったあとには、ダブルデッキを使ってDJのしゃべりをカットし、曲だけが入ったテープを編集する。そして、それが完成したら、手書きもしくは転写するシールのようなもので、手作りでインデックスを作るのだ。そして、男女を問わずクラスの友達と貸し借りをしていた。きれいなインデックスを書ける子は人気があったりして。今思い出しても、微笑ましい。 今から考えたら、気の遠くなる作業だ。1400円くらいでアルバムを買えてしまう現在なら、作業コストを考えてもCDを買ってしまった方が得だ。このときに行っていたことは、編集とバックアップ、コピー作業で基本的には著作権者には儲けが行っていない。小学生でお小遣いが足りないから、こういった涙ぐましい作業で音楽ソフトを手に入れていたのだ。手に入れていたというよりは、手工業で作り上げていたという方が近い。 (つづく) November 20, 2004 04:24 PMNovember 20, 2004 04:21 PMNovember 20, 2004 02:14 AM誰よりも先に読者の皆さんにご報告たった今この2ヶ月と20日の間、完全に極秘裏に開発を進めていた製品コードネーム「SLUG」のプロトタイプが完成した。最初は300枚程度のものを想定していたのだが、最終的には520枚に達してしまった。これから、校正、トリミングをして作品としてのテンポを上げていく予定。 本来なら、担当編集者や先輩に真っ先に報告するべきかもしれないと思ったのだけれども、それより先にオレの作品を首を長くして待っていてくれた読者に一番最初に報告をしようと思った。7月あたりから途中まで書いていたプロットも完成済の作品を一旦完全に破棄して、8月30日から新たに書き始めた作品でこれを書いていたことは本当に親にも友達にも秘密にしていた。 だから、このエントリーを見ている読者の皆さんが、オレが小説を書いていることと、それが完成したことを知る最初の人間になる。書いている途中で何度も友人とかに話したい誘惑に捕らえられたけれども、なんとか我慢してこられた。怖かったのは書いている途中で死ぬことだった。これだけまとまった文章を書いているのに、それが日の目を見ないのはとても恐ろしかった。 でも、今こうしてみんなに報告できることで、その恐怖もなくなった。オレがもし今この瞬間に死んだって、誰かがPCの中からファイルを探し出してくれるだろう。オレにもしものことがあったらデスクトップとノートの両方のマイドキュメントにある「SLUG」というファイルを探して欲しい。 今この瞬間を、読者のみんなと共有できるのがうれしい。何よりも、生きているうちに、狼少年にならずに書き遂げられたのがありがたい。それも、読者のみんなの応援と期待があったからだ。 あと、勝谷さんと幻冬舎のNさんに感謝。あの8/27の飲み会でケツを蹴られなかったら、この作品は書き上がっていなかった。12月の遅くならないうちに第一稿をお届けできるように頑張る所存。 これを書いている間は好きな映画や試写会にもほとんど行かず。1ッヶ月半以上前に買ったザ・シムズもインストールせず、仕事と日記を書いているとき以外はひたすら書き続けた。勝谷さんの「小説はコツコツ書くものではなく、一気に書く物だ」ということばが印象的で、それに従って書きまくった。正直、孤独で辛いことではあった反面、充実したスィートな2ヶ月と20日間だった。 書き終わった瞬間には急に身体の力が抜けて、腹の患部が痛み始めた。それぐらい、集中していたということなのだろう。 作品の内容、タイトル共に極秘だけれども、自伝的な内容になるとだけいっておこう。とにかく、みんなに感謝。ありがとう!!!! November 19, 2004 09:40 PMNovember 19, 2004 12:00 AM映画館という名の至福 4November 15よりつづく この間はスケガワ君という大学時代の友人と共に「2046」「バイオハザード2」を観た。作品の内容についてはここでは触れないけれど、オレが楽しんだのは先に書いた劇場の楽しみに加え、「いい年こいた30過ぎのオッサンが昼間から2人で映画を観る」という状況だ。カタギで同年齢なら働き盛りで、マンションのローンや子育てに追われているのが普通だろう。それなのに、オレたちは平日の昼間にスニーカーを履いてバイクに乗り、フラフラと新宿にやってきて、ハンバーガーを頬張りながら映画を観るのである。スケガワ君なんか板橋からチャリで来てるからね。 開放感や自由を謳歌している、という感覚ともちょっと違う。なんて表現すればいいのだろう。むしろ、社会の流れに逆行しているという反抗みたいなのを感じて自己満足しているだけなのかもしれない。けれども、その気分が最高に楽しいし、それがエクスペリエンスなのだ。映画を観終わった後に、さくらやホビー館でガチャガチャをして、寿司を食いに行く。それらも含まれる。そう考えると、映画の出来不出来はこのエクスペリエンスの中でも、ごく一部の要素に過ぎないと言うことがお分かり頂けることと思う。 試写会で映画を観ることも多いのだけれども、試写会では上記のようなエクスペリエンスは得られない。当然、試写会は仕事の一部だから、緊張して観なければならないし、飲食も禁止だ。観に来ている人達もプロなので、反応がクールでそう簡単には笑ったりもしない。いち早く、無料で観られるというメリットはあるけれども、それを差し引いても劇場に観に行く楽しみには及ばない。 AV環境的には自宅のホームシアターも相当なクオリティに達している。下手な劇場の変な席に座るよりは、オレの家の定位ばっちりの環境で観た方がいいと思える位だ。DVDも安くなったし、実際観きれないほどバンバン購入している。それでも、劇場に行き続けるのは、エクスペリエンスとしてホームシアターが劇場を越えられないからだ。身体のことを考えれば、家で楽しめるのだから素晴らしいと思うんだけれども。 ここで、皆さんに問題提起というか意見を聞きたいことが2つある。一つは劇場での飲食は可か不可かということだ。この間、牧野出版にお邪魔したときに話題になったんだけれども、その時に話してくれた人は劇場での飲食反対派だった。袋のカサカサという音や食べ物の匂い流されるのが、イヤなのだそうだ。オレは基本的に飲食には賛成。そりゃ、せんべいとかバリバリ喰われたらキツイと思うけれども、劇場じゃ音の出る食べ物は売っていない。さらには、「所詮映画鑑賞なんて暇つぶしだ」という感覚があるから、わざわざ飲食を禁じて、かしこまってまで観る必要は無いと思うからだ。鑑賞中に喉が渇いたら、ジュースだって飲みたいし。 もう一つは可か不可かという問題ではないのだが、映画を一人で観に行くことってどう思う? というものだ。というのも、映画は絶対一人では観に行かないという人もいるし(特に女性)、実際どう思っているのかなと。まあ、そういう人達は映画鑑賞=デートみたいな感じなんだろう。デートは一人じゃできないもんね。そういう人は映画を観ることがハレなんだろう。オレの場合は完全にケ=日常だから、別に一人でも複数でも作品を観る障害にさえならなければかまわない。まあ、人数が増えるとめんどくさくなるのが、パターンだけれども。 21世紀に入って数年経って、色んなものがネットを経由してオンデマンドになっている。それなのに、未だに劇場のスケジュールに合わせてわざわざ足を運んで、フィルムに記録された映像をみるという行為の特殊性。フィルムやサウンドのフォーマット、劇場のクオリティは変化しても、それこそテレビが登場する以前から行われていた営み。その行為自体がある種、時代錯誤的とすら思える。それでも、その行為を続けるのは、やはり現場ならではの緊張感や臨場感が場末でガラガラの劇場ですら感じられるからだと思う。 今後も、身体の動く限りは劇場に足を運び続けたいと思う。あの劇場の暗闇に身を沈めて息を潜めながらスクリーンを見つめるという経験は、やはり現場に行かないと味わえない。生きている間に何本劇場で作品を観られるか分からないけれども、とりあえずは来年の7月に公開される「スター・ウォーズ・エピソード3」までは生きていたいと思う。 November 16, 2004 06:46 PMNovember 16, 2004 06:26 PMNovember 16, 2004 06:00 PMNovember 15, 2004 12:00 AM映画館という名の至福 3November 12よりつづく 作品と時間を決めたらその場所(大抵、歌舞伎町か新宿)に移動して金券ショップで前売り券を購入する。すでに公開されている作品でも、1300円で買うことができる。この手間だけで500円も得するのだ。 そこから歌舞伎町一番街を抜けて、コマ劇の映画館街に行く。劇場内のドリンクは高いから、ジュースとか飲みたかったら、外で買っていく。そういうときは何となく腹が減っている場合が多いので、時間に余裕があるときはモスバーガー、無いときはロッテリアでハンバーガーを買っていく。 そして、劇場に入る。渋谷の単館系のようにオシャレな若者の行列ができているなんてことはないし、キップもぎりも田舎から出てきたばかりみたいな感じであか抜けない。そういった場末感漂う「勝手にしやがれ」な雰囲気がいいのだ。整理券とか渡されて、細かく世話を焼かれるのはイヤなのだ。平日の昼間なので、当然ガラガラなんだけれども、全く客が居ない訳ではなくそこそこは入っているのが東京だ。昼間っから何をやっているの、という人が結構多い。こないだなんかおばさんみたいなのがケータイで話しているのが耳に入ったんだけれども「レイアウトの直しがなんたらかんたら」って話をしていた。同業者である。恐らく、納品後の気分転換にでも来ていたんだろう。そのように他の客を観察して、仕事を推測したりするのも楽しい。 席は割と前の方の真ん中か、少し左あたりを陣取る。大抵の人は後ろに座りたがるが、せっかく劇場に来ているのにスクリーンから離れて座ってどうするんだ? 視野からスクリーンがはみ出しても困るけれども、基本的には結構前目に座る。 そして、暗くなってCMとトレーラーが始まる。だいたい、20分くらいはそれが続くので、その間にハンバーガーなどのメインディッシュは片づけておく。本編が始まる頃には、コーラとポテトが少々残っている程度だ。 本編が始まってからは作品を楽しむのは当然として、客の反応も観察して楽しむ。観客が笑ったり、息を飲んだりするタイミングなんかを見て、「こういうところで反応するのか」というのをチェックする。特にコメディなんかで日本人には分かりにくいネタで自分は笑ったけれども、他の人は無反応だったとか。「オレはこのネタを理解したぜ!」とアピールするように、皆が笑ってないところで笑ってみたり。「六月の蛇」を観ているときも結構連続して爆笑していたら、前に座っている人が振り向いてきたりした。あの映画はどう考えてもギャグ映画だと思うのだが、あの前に座っていた女の人はフェミニズム映画だとでも思って観ていたんだろうな。こういうのも、劇場ならではの楽しみだ。 作品を観終わった後も楽しみは続く。出てくる観客の表情を観察するのだ。難解な作品や駄作だった場合が顕著なんだけれども、犯罪の被害者になったような顔で出てくる人や訳が分からずキョトンとした表情の人を見て、「ああ、かわいそうにコイツらには理解できなかったんだろうな」などと思いながらほくそ笑むのである。デートで来ていたのに、予想していたのと違ってて、気まずくなって会話ができなくなっているカップルなんかも面白い。こっちは、1人で来ているから、いちいち観賞後に批評家になって作品を評論する必要もない。クソから未消化のピーナッツでも拾うかのごとく、つまらない映画を無理に褒める必要もない。逆に素晴らしい作品でも周りに喧伝する必要もない。自分だけの楽しみとして、心の奥にそっとしまっておいて、必要なときにすっと引き出せばいいのだ。 November 14, 2004 03:20 AMNovember 13, 2004 11:29 PMNovember 13, 2004 10:49 PMNovember 13, 2004 08:46 PMNovember 12, 2004 12:00 AM映画館という名の至福 2November 09よりつづく 時々友人とかに「あの映画はつまらなくて、頭に来た」という様な話を聞くことがある。しかし、正直言って今ひとつそのコメントにピンと来なかった。別に自分の識眼が優れていて、駄作にあたっていないなどという訳ではない。「ワイルドスピードX2」や「トゥームレイダー2」の様などうしようもない作品も劇場でしっかりと鑑賞している。本当に映画好きだったら、そういう作品にあたったら怒りを覚えて当然じゃないのか。グルメ評論家がマズい料理にあたったときのように。 そのようにして思いを巡らせていったら、ある結論に思い至った。オレは「映画が好き」というよりも「映画館が好き」なのだ。映画が好きなのはもちろん、その入れ物である映画館が好きだったのだ。それならば、くだらないB級作品を観ても腹が立たない理由が納得できる。何しろ劇場が好きだから、行ったというだけである程度満足感を味わってしまっているのだ。映画館を単なる映画をロードするための道具みたいに考えてしまっている人には理解できないかもしれない。 クラブなんかと比較すると分かりやすい(クラブに行ったことがないなんて人は無視ってことで)。クラブではDJがリアルタイムでレコードをミックスしてプレイしている。でも、音だけを聴きたいなら、ミックスCDを買えばいい話で、わざわざ混み合っていて暑苦しいクラブになんか行く必要がない。どうしてクラブに行くかと言えば、DJプレイを生で聴きたいというのもあるけれども、クラブの雰囲気や来ている客とのコミュニケーション、知り合いと会ったり、誰かと知り合ったりするのが楽しいから行くのだ。音楽だけならCDで、酒なら飲み屋で、出会いだけならネットでもできる。そうじゃなくて、クラブというエクスペリエンス(経験)すべてを楽しみたいから行くのであって、クラブでの音楽はその構成要素の一つにしか過ぎない。 オレにとっては劇場に足を運ぶというエクスペリエンスにおいて、作品の出来不出来っていうのは構成要素の一つにしか過ぎないのだ。無論、いい作品の方がいいに決まっているけど。 November 11, 2004 11:30 PM近所のそば屋
キムラ君がざるそばとラーメンを頼んでいたが。ラーメンはダメダメ。盛りつけが不味そうだし、麺も具も沈んで見えない。麺ものびているし。喰う価値は全くない。 少なくとも、今後一年間は行くことはないだろうなあ。 November 10, 2004 10:07 PM結局フリースも買っちゃった
November 10, 2004 10:06 PMカレンダー買っちゃった
このカレンダーがオレの人生最後の(以下略) 酒屋のヌードカレンダーとか「オラ(アタイ)はこんな恥ずかしいカレンダーを使っているど!!」という自慢を書き込んでケロ!! November 09, 2004 05:12 PMNovember 09, 2004 04:43 PMNovember 09, 2004 12:00 AM映画館という名の至福 1よく映画の話をすると待ちかまえていたかのように「お金が無くて」と言う人がいる。金がないからレンタルビデオ屋でいいやという人達だ。本コラムは映画に行く程度の経済的余裕がある人を対象に書かれた物で、その程度の余裕も無い人は読み飛ばしてくれ。 「時間が無くて」という人も同様。映画館に足を運ぶ程度の時間と精神的余裕の無い人も読み飛ばして欲しい。いちいち、そういう人達を啓蒙して劇場に足を運ばせようなんて気はさらさら無い。だいたい劇場に客が増えたら、観るのが大変になってしまうからね。 いまさら言うまでもなく、映画が好きだ。本が好きだった父から本を読む習慣を受け継いだように、映画を観る習慣も受け継いだ。○○町という近所には映画館もないような田舎だったので、基本的にはテレビの○○洋画劇場で映画を観ることになった。父は黒澤作品や西部劇、戦争物などの有名作品をビデオに録って見せてくれた。しかも、リモコンでポーズしてCMをカットするという涙ぐましい努力までして。まだ、レンタルビデオは無かったし、ビデオデッキもごく一部の家にしか導入されていなかった。 小学校上級生になると夜更かしをして父と洋画劇場を観るのが習慣になった。父はその間晩酌でビールを飲んでいる。映画を観ている途中に上の階から母親が下りてきて「早く寝なさい!」と怒るのが怖くて、いつも階段の足音には耳を澄ませていた。映画を見終わった後は、父と映画の批評をするのが習わしだった。 小学生の頃は時々、市内まで出て父に映画を連れて行ってもらうことがあった。ハレとケで言えば、完全にハレでありそれは特別な行事であった。 中学にはいると、友達同士でディーゼル車両に乗って1時間ほどかけて映画を観に行くようになった。気の合う仲間と観る映画をあれこれ意見を出し合いながら決めて観に行くのは楽しかった。レンタルビデオが出始めたのもこの頃だ。まだ、ビデオにコピーガードがかかっていなかったので、ビデオデッキごと運んでダビングして貸し借りしたりしていた。 高校に入ると、映画を観るということのハレとケが入れ替わる。学校をサボってはよく昼間から映画を観ていた。実家は山形で高校は山形市内だったのだが、山形は街の大きさに対してやたらと劇場が沢山あった。現在でも「ドキュメンタリー映画祭」とか開催しているとおり、なぜか映画好きな市民が多いようなのだ。もちろん、土地が安いから大した集客が無くても劇場が経営できるということもあるだろうけれども、それだけでは片づけられない理由があるように思える。山形よりも田舎で土地の安い市なんて、他にもいくらでもあるだろうから。 田舎の映画館、しかも平日なんて想像を絶するほど空いている。今までで記憶にある中で最高記録は自分を含めて客が2人というもの。作品はリドリー・スコット監督でマイケル・ダグラス、松田優作主演の「ブラックレイン」だった。しかも、観終わった後にトイレに行ったら、そのもう1人の客(タクシーの運ちゃん)と一緒になったんだよね。作品の内容とか感想をそのオッサンと話したい欲求に駆られたけれども、その時はグッと言葉を飲み込んだ。 当時の劇場っていうのは、ちょうどビデオレンタル屋が街中にできて、映画館が衰退しつつある時期だった。だから、劇場のメンテは当然よくなくて、イスはボロいわ、ゴミは落ちているわ、トイレは汚いわだった。スクリーンもでかいだけでピントは怪しいし、音響なんか音が割れまくり。THXの劇場が珍しくなくなった今とは雲泥の差があった。 浪人、大学、編集者時代はそれまでに比べると劇場に足を運ぶ頻度は少なくなったような気がする。田舎にいるときは娯楽が少ないから劇場に行っていたという事情があるけれども、東京にはクラブとか楽しいところが沢山ある。だから、そっち方に時間が取られてしまったのだろう。また、東京の劇場は混んでいる、というイメージがあったし(実際、山形と比べれば混んでいるに決まっているが)、山形では二本立てで観れた作品が一本立てでしか観られないというのも損した感があった。田舎じゃ一本の値段で二本観られるのに、東京じゃ一本しか観られないのだ。混んでいて、さらにそんな状況じゃ足が遠のいても当然だろう。 November 06, 2004 08:54 PMNovember 06, 2004 08:25 PMNovember 06, 2004 07:34 PMNovember 06, 2004 02:15 AMスペシャル・サンクス!
これらのメッセージはオレにとって最高のプレゼントだ。 November 05, 2004 11:00 PM統合された製作環境 下(November 02よりつづく) ここまでざっと上げてきただけでも、これだけのモノや場所や手間の代わりとなる機能がPC1台の中に統合されて存在しているのである。自分でここに書き出してみて、改めてその多さに驚いた。 ペンと紙さえあれば原稿なんて書ける、というのはすでに一種のファンタジー(少なくともオレにとっては)になっているのが、お分かり頂けたと思う。特に現在のオレのような健康的弱者にとっては、原稿の受け渡しなどは死活問題だ。幸いにもネット環境が整った後で病気になったので、病身を押して原稿を渡しに行ったりということはしないで済んだ。逆に言えばネット環境が整っているからこそ、仕事ができるのだ。体調が悪ければ書店や図書館に行くのは大変だし、重い図鑑を本棚から出すのだって大変だろう(持ってないけれども)。 そういった意味では自分ほどデジタルに限らずテクノロジーの恩恵を受けている、もしくはそれを希求している人間はいないのではないかと思われる。よく「デジタルは人を幸せにしたか?」というテーゼが雑誌なんかに載っていたりする。確かにインターネットがなければ少女はカッターナイフで首を切られなかったかもしれないし、青年はイラクで首を落とされなかったかもしれない。 でも、ネットが無くなったからといって、そういったいたたまれない事件が無くなるとは思えない。拳銃を規制すれば、殺人は確かに減るだろう。でも、ホントに相手を殺したければ、拳銃なんか無くても包丁で相手を刺すだろう。拳銃を無くして殺人事件が減るとすれば、それはただ単に殺すのがめんどくさくなるからというだけだ。包丁で刺すよりも、拳銃の方がラクだし、恐怖感も少ない。アマゾンだったらめんどくさくないから買うけど、本屋に行くのはめんどくさいというのと同じだ。手段を無くしたとしても、根本的な「人を殺したい」という気持ちを無くさなければ、問題は解決しないと思う。デジタルが人々の心を荒廃させているなら、人を不幸にしていると言えるかもしれないけれども、オレにはとてもそうは思えない。 オレ自身、デジタルによって幸せになったのか、不幸になったのかはよく分からない。間違いないのはネットがなければ本も出版できて無かっただろうし、現在の様に仕事も続けていなかっただろう。実家に帰って、孤独な余生を送るしか選択肢はなかったはずだ。そういう意味では幸せになったといえる。 また、よくいわれる言説としては「デジタルは人間味がない、暖かみがない」というのがある。オレに言わせれば、デジタル化したことで失われてしまう程度の人間味や暖かみなんていうのは最初から大したもんじゃないということだ。例えば、中学校の集合写真ではみんな同じ服装、同じ髪型で写る。そういった状況下においても、真に個性的な人間は写真から浮き出してくる。髪を染めたり、変な格好をすることを個性的だと思っている人は、実際には個性的では無い人達だ。もし、本当に人間味や暖かみを持った表現ならば、デジタルというフィルタを通してでも伝わるものとオレは信じる。 とにかく、PC一台で仕事の受注から、製作、納品まで完結できる環境になってしまった。ファックスや電話はあくまでも補助的な手段に成り下がった。ここまで色んな機能がすべてPCに統合されてしまうと、もしPCが壊れてしまった場合、オレの社会的な機能がほとんど停止してしまう。少なくとも、仕事はできなくなってしまう。たまにマシンが落ちて、再起動がかかったりすると本当にゾッとする。このまま起動しなくなるのではないかという恐怖を感じるからだ。そう考えると、手放しで喜んでばかりもいられないのかもしれない。ケータイが壊れたらケータイを買い換えれば済むが、PCがウィルスかなんかで使えなくなった場合、買い換えれば済むという問題ではない。これまでのデータや使い勝手のいい設定など、金には換えられないコストがかかっている。 そういった意味では分散していたリスクまで、PC上に集積してしまっているのが現状だ。ノートPCにバックアップをたまに取ったりしているけれども、メインのデスクトップに何かあった場合のダメージは計り知れない。考えただけでも、恐ろしい。そういったことを、考えるとデジタルによって不幸になっているのかもしれない。 November 05, 2004 10:50 PMNovember 05, 2004 08:20 PMNovember 05, 2004 01:00 PM |