March 29, 2005 12:00 AM「ガンエヴォ」メイキング 上10日と少し前に『32歳ガン漂流エヴォリューション』が発売になった。 一応、前作に当たる『31歳ガン漂流』が評判だったからということで、企画出版されたことになっている。実際に『ガン漂流』は6刷という驚異的な重版数を重ねて、書き手や出版者側の思惑をいい方に裏切ってくれた。 また、その本が出たことによって新聞や雑誌、テレビなどの取材を受けることもできた。フリーライターとして取材は沢山してきたが、取材を受ける側の経験をしたのはほとんど初めてだった。 それに、本を出したことによって、書き手として大きな自信に結びついた。内容はともあれ、署名入りの本を一冊ものにできたというのは書き手冥利に尽きることだった。とにかくひどい目には遭っているけれども、何とか世の中に本を一冊残すことができたのだ。それだけでも、十分に感謝する必要がある。 「通常の闘病記にしたくない」というコンセプトが最初にあったので、表紙にマンガ家の方のイラストを使ったりとかデザインにも工夫を凝らした。とにかく、シメっぽくない、悲しくない感じが良かった。 デザイン、表紙と書き手の予想を超えた完成度だったので、今回も同じ布陣でいってみることにした。映画でもなんでもそうなんだけれども、オレは結構続編が好きで。しかも、なるべく監督とかがキャスティングが変わっていない続編の方が好きなのだ。スタッフやキャスティングが変わっていないことによって、作品そのものから時間の流れを感じることができる。「〜は老けたなあ」とか。 まあ、前作から1年少ししか経っていないわけだし、それほど差が出るとは思えないのだけれども。かといって「前作の二番煎じだ」と思われるのは癪だったので、コンセプトからいじることにした。それが「エヴォリューション」というタイトルだった。「単なる続編ではない、エヴォリューションですよ」という訳だ。 ノリでつけた部分も大きいので、それほど大それた理由があるわけでもないのだが、やはり「常に進化している」みたいなのを表現したかったのだと思う。また、単純に「ランサー・エヴォリューション」というクルマが好きだったし、それが「ランエヴォ」と親しまれているのも良かった。そう、最初から「ガンエヴォ」と呼んでもらうことを意図してこの名前を付けたのだ。 スタッフは出版社が変わったぐらいだったので(これもスタッフ自体は同じなので実質同じ)、内容をいかに変えていくかだった。基本的には起こった出来事を淡々と綴っている日記なのに「ガンエヴォ」になったからといって、急に過激な内容や生活を送るわけにもいくまい。 とりあえず、表紙のイラストの印象は大きく変えていただくことにした。前回は寒色というか少しさびしい感じだったので、今回は「エヴォ」という言葉に合わせて暖色を使ってかつ攻撃的な感じにしていただくことにした。前回は病気と闘う前だとしたら、今回は闘い真っ直中みたいな感じで。キズだらけにするというのも、こちらからの提案だ。 でも、上がってきた作品を初めて見たときはぶっ飛んだ。まさか、ドレッドのサムライのイラストが上がってくるとは夢にも思っていなかったからだ。良くも悪くも、読者の予想だにしないイラストが上がってきたのは間違いなかったので、編集者と大変喜んだ。 つづく March 27, 2005 09:54 PMMarch 25, 2005 12:00 AM罠・餓鬼・麻薬 下普通の生活といえば、現時点でも相当困難だ。最大の問題は腹に溜まった水「腹水」だ。これまで、いろんな身体上の制約や問題と対峙してきたわけだが、これが今までで一番辛いかもしれない。 どのような状態になっているかというと、地獄絵図とかに出てくる「餓鬼」っていうのがいると思うのだが、アレのような体型になっているのだ。手足は半分ぐらいにやせ細っているのに、まるで妊婦のように腹だけせり出している。へそなんか内側から押し出されてフラットな状態になっている、いわゆる「カエル腹」というヤツだ。 まず、純粋に動きづらく、ベッドから起きあがるのも困難だ。もちろん、歩くのも困難で、妊婦のようにヨタヨタしてしまう。さらには常に腹部に膨満感があるために、食欲が全く湧かない。内側から肺が圧迫されて、呼吸もしづらくなってしまっている。身体が前に全く曲がらないために、靴下をはくのも困難だし、ジーンズなどもはけなくなってしまった。 ネットで調べたり、医師に聞いたりしたのだけれども、具体的な治療法がない。利尿剤を飲むのが一応、応急処置なのだが、根本治療ではない。原因は栄養摂取障害による血液の浸透圧のバランスが壊れているからで、血管内から水分が腹腔内に漏れだしてしまっているそうだ。 緊急になったら腹に管を刺して抜くことはできるが、溜まる原因を止めないことにはどうにもならない。その原因は膵臓部分の腫瘍と栄養不足なのだ。具体的にオレが今できることは、栄養を少しでも摂ることだ。良質のタンパク質が浸透圧のバランスを取るのには必要だそうだ。 それも簡単ではない。何しろ、腹部の膨満感で食欲が全くないのだ。朝起きた瞬間から、お腹が膨らんでいて「もうお腹いっぱい」な状態なのである。おかげで動くのは本当に苦労しており、歯を磨いたり洗顔するのにすら支障をきたしている。近所のコンビニや向かいのスーパーに行く体力すらない。 腹部の痛みや膨満感、不快感を押さえるためにモルヒネを常用するようになってしまった。日にもよるのだが、一日に二度ほどモルヒネを使うようになった。咳が出れば、コデインも使う。麻薬三昧である。これまでいろんなクスリを試してきたけれども、最終的にモルヒネとコデインに落ち着くことになるとは。 でも、モルヒネもなかなか悪くないクスリだ。効き目は穏やかだし、肉体的な負担も少ない。穏やかに生活を送るのにはもってこいなドラッグだと思う。若いときは幻覚剤に目がいきがちだけれども、落ち着いてからはこういうのもアリかなと。死ぬまで飲み続けることになると思うけれども、願わくば効き目が切れないことを。 こうしている間にも、病気はズンズン進行しているのだ。一体どうすればいいのか? カエル腹を抱えて、路頭に迷っている。 それにしても人生とは皮肉なものだと思う。一生無縁だと思ってバカにしていた「ハゲ」に自分がなったと思ったら、今度は妊婦顔負けの腹になってしまった。妊婦はまだ出産するという目的があるし、一定期間経てば戻る。でも、オレの場合は戻るという保証もない。でも、妊婦ってお腹が膨らんでいるのに、よく食欲が無くならないと感心する。胃の部分はうまく圧迫されないようになっているのだろうか。それにしても、この期に及んで妊婦の気持ちが分かるようになるとは思わなかった。誰か、マタニティ服買ってきてよ(笑)オレも破水したいね。スカッとするだろうな。 「最後まで1人で文章を書き続ける!」なんて意気込んでいたけれども、それも本当に困難になってきた。困難になってからこそ、自分の吐いた言葉の真価が問われるとは分かっている。だからこうして今も部屋でPCにしがみつくようにして、この原稿を書いている。 別に弱音を吐きたいとか、お涙頂戴とかを展開したい訳ではないというのはもう分かってもらえていると思う。「地震の死傷者○○人」とか「交通事故死○○人」とかの情報を見て泣く人はいても「お涙頂戴」とは呼ばないよね。オレも「死傷者のデータ」みたいな感じでなるべく客観視して書いたつもりだ。お涙頂戴と呼んだり、泣いたりするのは読者の自由だ。 まだ、生きているから死者としてカウントできないだけの話で。 March 22, 2005 12:00 AM罠・餓鬼・麻薬 上医師に告知されていた二年の余命を過ぎてから、三ヶ月が経つ。 もちろん、これまでも余命期間内の命を保証されていたわけではないが、プロの目から見て「これぐらいは生き延びるのでは」という目安のひとつではあったわけだ。それを過ぎてしまったのだから、あとは本当に個体差の世界である。 そこで、今回はその個体差の話、つまり今自分の病状がどのようなものなのかを可能な限り克明に記しておきたいと思う。恐らくこの文章を生で読んだらサ母が心配して飛んできてしまうのだが、皮肉なことにサ母のマシンのブラウザではガンエヴォが見られないそうである。なので、心配するようなことを書いても大丈夫というわけだ。 今回ここに書く内容は、サ母や家族に伝えるのも忍びなくて、まだ伝えていない。いいニュースだけを伝えてある。 さて、先週月火と一泊入院した。そもそも、この入院自体が最初からよく分からないものだった。先週受けた腹部CTの説明をするとか、血液検査で問題がなければ翌日からまた抗ガン剤を点滴するとか、火曜日には頭部のMRIの予約を入れてあるとか医師は説明するのであるが、どれも入院の直接的な理由にはならない。今ひとつ要領を得ないのである。 前に日帰りで入院したことはあったけれども、あれは点滴室のベッドが押さえられなかったからやむなくそうなっただけで、今回はそうではないはず。病状や今後の治療方針を話し合うだけで入院するなんていうのも聞いたことがないし、明らかになんだかおかしいんだけれども一泊で帰られるならと渋々承諾した。 月曜日は午後からゆっくり来いということだったが、身体が思い通りに動かず、病院に着いたのが夕方の4時頃になってしまった。師長は親切で「ベッドが大部屋の真ん中だから、窓際が空いたら移動してくれる」って言ってくれるんだけれども「いや、明日退院するのでどこでもかまいませんよ」って答えると、黙り込んじゃうんだよね。他の看護婦とも同じようなやりとりがあった。明らかに、何かおかしい感じだ。 レントゲン検査と心電図を受けて、夜になって医師団とのブリーフィングに入る。案の定良くない知らせのオンパレードだった。まず、年末のCTと比較して、先週の結果は悪くなっている。すなわち、腫瘍が大きくなっているのだ。治療していたのに。しかも、腹には膵臓部分から出たと思われる腹水が溜まっている。さらには、これまでは無事だった左側の肺にまで水が溜まり始めている。 つまり、このまま悪くなっていけば自分の呼吸器では呼吸ができなくなる可能性があることを意味しているのだ。 治療による体力低下で、このままこれ以上の治療を続けることは困難とのことだった。ようするに、クスリの副作用で命を落とす可能性があるということだ。体力がなさ過ぎて、抗ガン剤の治療に身体が持たないのだ。 それで、医師が提案してきたのは、体力が回復するまで最低一週間入院して様子を見ろということだった。 ようするに、この一泊入院自体がオレを病院に呼び込むための罠だったわけだ! 看護婦達とかには、最低でも1週間は入院すると伝わっていたにちがいない。だから、オレが「明日退院する」って言うのに対して、笑うだけで否定も肯定もしなかったのだろう。なんにも知らないのは、オレだけなのだ。 医師達はオレが食事に全然手を付けていない様子や、検査にも車椅子を使用しているところから判断したと言うが、どうも前から決めていたように思われる。外来では説得が困難だから、このような無防備なパジャマの状態になってから説得しようとしたのだろう。 入院して何をするかというと、栄養剤の点滴を一週間打つだけである。一週間後にそれでピンピンに回復するなら、入院する価値はあると思う。でも、実際にはまる一週間寝たきりな上、車椅子で移動するから、筋力は間違いなく落ちる。点滴で栄養なんかとってたら、消化器官が弱ってしまう。 栄養は摂れるかもしれないけれども、筋力その他の生活体力が落ちてしまうので、トントンかそれ以下というのがオレの読みだ。それに、そもそもなるべく入院はしたくないという意思を最初から医師には伝えてあるのである。なのに、なんでいまさらこんなだまし討ちみたいな卑怯とも取れる手を使ってまで入院させようとするのだろうか? ひとつには、実際にオレの病状がそれぐらい良くないということだ。この状態だと家で1人でぶっ倒れたり、動けなくなったりしてもおかしくない。だから、入院なりして、誰かの監視下にいた方が安全なのだ。 これは理解できる。先日、誤飲してしまってむせったり、熱が出たりしたときは「このまま死んでしまうのではないか」と正直思った。1人でいることによって、些細なことでも命を落としてしまいそうな気がした。でも、病院にさえいれば、その心配はない。ナースコールを押せば看護師さんが飛んできてくれる。大変な食事の準備や食器の後片付けの心配もすることはない。一日中、ベッドに寝ころんで、たまに体温計を脇に挟んでいればいいのだ。ああ、こんな話がサ母の耳に入ったら、絶対に入院させられるね! 入院することを嫌っているのは、入院するとラクだからだ。ラクなだけならいいのだけれども、ラクをしていくうちに普通の生活を送るのが困難になっていくのだ。 つづく March 20, 2005 09:05 AMMarch 20, 2005 12:18 AMMarch 18, 2005 10:26 PMMarch 18, 2005 05:56 PMMarch 18, 2005 12:00 AMスマートな電車男とは? 4(March 15,よりつづく) はたして、電車の中でPSPをプレイすることはカッコ良いことなのか、その逆なのかということである。まず、PSPで遊ぶということが年齢に相応しいものかという問題があると思う。これについては、大人もマンガを読むようになったし、普通に大人もゲームをするので問題ないと思う。次に周りに迷惑をかけているかという点である。これに関しては、ヘッドフォンさえ使用していれば、通常のPDAなどの電子機器を扱っているのと変わらず、さほど迷惑にはなっていないように思える。 それでは、目障りか、周りから浮いてしまうかという点ではどうだろう。あまり熱くなっていると確かにボタンの音がチャカチャカするかもしれないし、存在自体が暑苦しくなってしまう。2chなどの掲示板を覗いてみたところ、「イケメンや女子高生ならPSPなどケータイゲームで遊んでいてもいいけれども、デブのオタクだとキモイ」などという意見が多く書かれていた。 イケメンや女子高生など、ルックス的に優位な立場にある人間は何をしてもとりあえずオーケイになってしまい、その逆も然りということなのだろうか? これまで書いてきたように自意識過剰になってしまっても疲れるし「オマエのことなんて誰も見てねーよ」ということになるだろう。かといって、誰からも見られていないということはなく常に「被観察者」となって他人の好奇心一杯な視線に狩られる危険性も孕んでいるのである。だから、疲れているときなど電車での居眠りはいい気分転換になるけれども、誰かに見られているという危険性は常に意識しておくべきだろう。 最終的に1人で電車に乗っている場合、どのようにして過ごすのが一番スマートなのだろうか? これは具体的に「〜をしていればスマート」というよりも、常にある程度周りに気を配っておくということに尽きると思う。周りが全く見えなくなるほど本やケータイに夢中になってしまうのではなく、さりげなく周りの人間との距離を図りながらそういったものを使う。そして、周りに迷惑になってそうだったり、浮いてしまい変に注目を集めそうなときはさりげなくしまう。 電車みたいな全くの他者と距離感を保てない場所で快適に過ごすためには、以前書いたような自分なりの「シェルター空間」を作る必要がある。だが、そこでも書いたように「シェルター空間」は「引き籠もり空間」ではない。常に外部とのコミュニケーションを維持しているというのがポイントになる。電車の中でも、ケータイをいじったり、ゲームをしたりしても常に周りに気を配っていれば、スマートに過ごすことができると思う。 皆さんは、電車の中でどのようにして過ごしていますか? また、こんな乗客はイヤだというのがあったら教えてください。 <<オマケ>> March 17, 2005 10:23 PMアマゾン売り切れアマゾンで買えるようになったと思ったら、売り切れの模様…orz これって、「やったー売れているんだ!」ってナイーヴに喜んでいい状態ではなくて、むしろ一刻一刻ビジネスチャンスを逃しているわけで、実に由々しき状態なのである。 アマゾンの仕入れが甘かったのか、取り次ぎが悪いのか分からないけれども、楽しみにしている読者に手に入りにくいという状況は勘弁してもらいたいものである。 March 16, 2005 10:23 PMミヨP報告
誰か情報を知っている人がいたら、教えて欲しい。 March 16, 2005 09:09 PMこのようなことらしいパブリデイ編集部の吉田です。 ほぼ全国一斉の雑誌の発売日と違って、今日から全国の書店店頭に徐々に並び始めるという状態で、明日ぐらいから本格的に並ぶという感じなのですが、エリアによってばらつきが出ることがあります。 週末までには多くの書店さんでご覧いただけるようになると思いますが、サイトと奥山さんへのお知らせともに紛らわしくしてしまって申し訳ありませんでした。 どうぞよろしくお願いいたします。 March 16, 2005 04:49 PMMarch 16, 2005 02:08 AM遂に明日17日発売日!!、「32歳ガン漂流エヴォリューション」
表紙も凄いけれども、本をめくっていくとさらに凄いモンが出てくる!とだけ、伝えておきましょう(笑) ということで、手に入れた方、読んだ方から、ここに感想とかレスポンスとか、少なければいいけど苦情とかをどんどん書き込んでいって下さいな!!!! m9(^Д^)プギャー!! March 15, 2005 11:26 AM入院中
March 15, 2005 12:00 AMスマートな電車男とは? 3(March 11よりつづく) 紙資料も結構ヤバイ。PCからプリントアウトしたような資料を読んでいる人を電車でよく見かけるけれども、社内の営業データとかを外の観察者に見られてしまうのは危険である。また、一生懸命読んでいると、気になってついつい覗き込んでしまうものだ。 本はどうだろう? さっきのおばあさんの場合、最初から隠すという意思もないと思うのだけれども、逆に周りにアピールしていたのかもしれないとも思った。文章に関わっている仕事をしている以上、乗客がどんな本を読んでいるのかはもの凄く気になる。それを知ってか知らずか、大抵文庫本や新書を読んでいる人はカバーを掛けて読んでいる。これは正しい姿勢だと思う。必要以上に自分の趣味を周りに漏らす必要はない。 と同時に、「ちょっと自意識過剰気味かな?」と思ってしまうこともある。例えば、最近まで夢中に読んでいた「クリプトノミコン」の表紙はこんなのである。この本を読んでいることを別に他の人に知られても恥ずかしいとは思わないし(SFオタクだとは思われるだろうが)、むしろこの本を読んでいることをアピールしたいぐらいなのだが、この表紙のセンスは使いたくない言葉だけれども「微妙」と言わざるを得ない。 小説などの場合はカバーをかけることができるが、雑誌となるとそうはいかない。しかも、大きい上に雑誌名が大きく書いてあるために、何を読んでいるのか丸わかりである。そういった事情もあってか、マンガ雑誌以外の雑誌を読んでいる人は意外と少ないように思える。 携帯性の高さから、ほとんどは文庫本か新書が読まれている場合が多いのだが、時々ハードカバーの本を読んでいる人を見かけることがある。これは、「わざわざ重たいハードカバーでも持って歩きたいほど面白い本を持っている」というアピールのひとつなのかもしれないし、どちらにしても読書好きであることには変わらないと思うので見かけると思わず目を細めてしまう。特に若い女の子が夢中になってハードカバーを読んでいる姿は微笑ましい。ブックカバーから買った書店をチェックして、生活圏を推理したりする楽しみもある。 つづく March 13, 2005 02:48 AMモルヒネがお友達モルヒネで痛みを誤魔化しながら、昼夜を問わずVPのゲラ読み。 モルヒネの副作用は便秘と軽い吐き気ぐらいなもので、ほとんど無いに等しいし、一本数十円と安いので気軽に使うようになってしまった。 ただ、耐性はつかないはずなんだけれども、効くときと効かないときがあり、ダメなときは2時間効かない。そうなると、2時間は脂汗でのたうち回りである。 でも、痛みだけでなく、「何となく気持ちが悪いとき」というのにも効くことが分かったので、使用の幅が広がった。 March 11, 2005 12:00 AMスマートな電車男とは? 2スマートな電車男とは? 2 先日の朝日にこのような記事があった。これによると、電車内での行動の全体のうち携帯電話、音楽プレーヤー、電子手帳などの電子機器を利用していたのは全体の17.1%。そのうちケータイを使っていたのは、全体の11.1%。 また、新聞、雑誌、資料などを含む読書は22.2%で、中高年の男性が中心であるそうだ。 ほか、居眠りをする人は12.0%、何もしていない人は28.6%というデータが上がっている。 つまり、電車の中では何もしていない人が一番多く、次は読書、その次が電子機器、最後が居眠りということになる。このデータによると、電子機器を使っている人よりも読書をしている人の方が多いということになり、オレのように文章で食っている人間にとってはありがたい結果となっている。 しかし、これが逆転するのは時間の問題とも思えるし、と同時に電子ブックなども普及し始めているので、ケータイをいじっているように見ていても案外小説を読んでいたりするのかもしれない。 この記事から導き出したいのは、乗客がどうして過ごしているかというより、「観察者か、被観察者か」ということだ。どういうことかというと、さっきのおばあさんみたいに無心に本を読んでたり、寝てたりすれば観察される側である「被観察者」になる。また、この記事のデータでは「何もしていない人」といかにも間の抜けた印象な人達は、誰かを観察している「観察者」グループに属する可能性が高い。 さて、電車の中で「観察者」と「被観察者」に分類できるのは理解できたと思うが、なにも「観察者」が勝ち組で「被観察者」が負け組などという簡単な話ではない。ただ、「被観察者」の場合、先ほど上げたように「観察者」の暇つぶしのために狩られてしまう場合が多いように思える。というのも、本を無心に読む場合もしかり、化粧をする場合もしかり、居眠りをする場合もしかり、あまりにも外の環境に対して無防備であるように思える。 日本だったら、ちょっと居眠りしているぐらいではスリに遭ったりすることは少ないだろう。でも、オレの自意識からすると、全くの見ず知らずの人達に自分の安らか(かどうかは知らないが)な寝顔を晒したりするのは以ての外だし、顔だけでなくそのように弛緩した姿勢で電車に乗っていることすら耐えられない。そういう、だらしなくなっているところは誰にも見られたくないというのが本音だ。 よく電器屋なんかに行くとマッサージチェアなんかで寝ちゃっている人がいるけれども、衆人環視の中でどうしてあそこまでリラックスできるのか、無防備な姿を晒すことができるのか理解できない。 それでは、居眠りは論外として、ケータイをいじるのはどうなのだろうか? 先週も病院に行くために電車に乗ったのであるが、若者がたまたま多かった車両ということもあるのだろうけれども、座っている人みんながケータイをいじっていて異様な感じだった。そして、それはあんまりカッコ良くは見えなかった。ハイテク機器をスマートに使いこなしているはずなのに、どうもカッコ良く見えない。 電車の中でPCやPDAをいじっている人も同様だ。PCをいじっているとなぜか貧乏くさく見えてしまうから不思議だ。PCなんて高価なものだし、使っている人が貧乏である可能性が低いのにもかかわらずにである! この朝日の記事ではケータイをいじる人が音楽を聴く人を越えたとある。ウォークマンが登場してから早26年、すでに市民権を得ているものと見えて電車の中で見かけてもそれほど違和感はない。ただ、安物のヘッドフォンを使っていて、音が漏れまくっている様なのは論外だ。でも、音楽なら聴覚は弱まるが目をつぶらなければ「被観察者」にならないで済む。そういった意味では、電車の中でもっとも現実的なツールのひとつであると言えるかもしれない。 つづく March 08, 2005 12:00 AMスマートな電車男とは? 1基本的に電車に乗らない人間だった。 何しろ荻窪に地下鉄が通っていて、乗り換え無しで銀座まで行けることに引っ越してから一年以上経った最近気づいたぐらいだ。可能な限りバイクで移動していたし、雨など天気が悪いときは外出しないようにしていた。 だから、電車には月に一度乗るか乗らないかというぐらいの頻度しかなかった。しかし、今年の猛烈な寒波と体調不良、その他からやむなく電車に乗る機会が増えてきた。機会が増えてくるにしたがって、これまで気づかなかったことが見えてくるようになった。電車というこれまで自分が属していなかった場に身を置くようになったことが大きい。実際、以前は「有蓋家畜運搬車両」などと呼んでいた電車に乗るのも抵抗が無くなってきた。駅での階段の上り下りと座れない場合を除けば、電車に乗ることがむしろ楽しいと思えるようになってきた。 さて、その電車に親しんできたある日、打ち合わせで銀座に向かっているときであった。向かいに座っている赤いコートと黒いスパッツ風のものという派手な服に赤すぎる口紅のおばあさんに目が止まった。オレ的な文化人類学的分類によると「欲望系ババア」というヤツだ。 彼女は韓流の映画でイ・ビョンホンとチェ・ジウ主演の「誰にでも秘密がある」のノベライズを無心に読んでいた。書名が分かるということはカバーとかなにかは全く付けていなかったということだ。しかも、そのおばあさんの入れ歯がむずがゆいのか、クチビルが常にヒクヒクと動いているのだ! よく「電車内でのマナー」云々という話はよく聞かれる。電車内でケータイで話すなとか、化粧をするなとかである。そういう観点から言うと、このおばあさんは別になんのマナー違反も犯してはいない。 ちょっと服装が派手で変な動きをして、変な本を読んでいるというだけで、周りに迷惑をかけているわけでもない。オレみたいな人間がどうこう文句を付けるのがお門違いだし、「そんなのをいちいち観察しているオマエが暇人なんだよ!」と注意されていいぐらいである。 しかし、彼女は重要な問題を提起してくれた。オレがこのように観察しているということは、逆にオレも観察されているということなのである。電車に乗ってて、いつの間にか知らない人と目があったりすることはないだろうか? そういうときは、このように逆に観察されている可能性が高い。こちらが変わった人を見つけて面白がっているのと同様に、自分が他人に面白がられている可能性はいくらでもあるのである。 今回は、この電車内でどのように見られているか、そしてそれに付随する「自意識」について考察してみたいと思う。 つづく March 04, 2005 10:39 PMMarch 04, 2005 04:57 PMMarch 04, 2005 12:01 PMMarch 04, 2005 12:00 AMDVDレンタル最新事情 病人にやさしいレンタルとは? 4(March 01よりつづく) また、自宅の郵便受けまで届けてくれるというのもありがたい。通常の郵便物を受け取るのと同じ感覚で受け取れるのだ。メール便なので、通常の宅配便のように午前中に叩き起こされてハンコを請求されるなんてこともない。気が向いたときに、郵便受けに取りに行けばいいだけ。 さらには、予約リストを希望作品で埋めてしまえば、毎回返却する度自動的に作品が送られてくる。毎回、レンタル屋で作品を決めかねてウロウロするようなこともないのだ。また、追加オプションで手元に2枚以上置いたり、借りたいディスクが空くまで待ったりもできる。シリーズ物も、順番に借りられるように設定もできる。 実際に申し込んで、まだ最初の2枚が送られてきたばかりの状況なんだけれども、予想していたよりもパッケージもシンプルで無駄が無くいい感じだ。ポストに入りきらないなんてことはない小ささだし、これなら返却時に持ち歩くのも苦にならないだろう。 まあ、実際にはだんだん観る作品が無くなって来たりとかサービス自体に飽きちゃったりするのかもしれないけれども、現時点で自分にとって最高のサービスであるのは間違いない。最新作は劇場で観るし、レンタル屋でもNEWマークの作品は高い上に翌日返却だ。そういう意味でも、このサービスは本当に便利なものだ。 よく書いているけれども病気になったからこそ、こういうサービスの利便性やありがたみが痛いほどよく分かる。また、こういったサービスやツールを使いこなすことによって、オレは不完全な身体ながらも、何とか人並みの生活が送れている。メディア・リテラシーとか大げさなことをことを言う気はないけれども、知っていると知らないじゃ大きな違いだ。特に映画とかが好きな人にとっては強力な味方になってくれるはずだ。入会するのも簡単だし、操作性も悪くないので、同じような境遇にある方や単に忙しい人などもぜひとも利用してみて欲しい。 オレはディスクが送られてきたとたん「よっしゃ、返さないぞ〜」というおかしな意気込みが芽生えてしまった。これで思う存分延滞ができるのだ。楽しみである。 ところで、読者の皆さんは、これまでどれぐらいの額を延滞したことがありますか? 武勇伝を教えてください。 March 03, 2005 04:01 PMMarch 03, 2005 03:33 PMMarch 03, 2005 12:57 AMMarch 02, 2005 07:38 AMMarch 01, 2005 07:15 PMMarch 01, 2005 02:48 PMMarch 01, 2005 12:00 AMDVDレンタル最新事情 病人にやさしいレンタルとは? 3(February 25よりつづく) 以前に、レンタル屋は延滞料で持っているというようなことを書いたけれども、この元店長の話によると、都心部でも延滞料による収入は3割程度。住宅街では1割ぐらいだという。例えば新宿や渋谷などの都心部では家を出るときに忘れてきてしまったらそれまでだし、週末や休日は返却できない。それに引き替え、住宅街の場合は一度帰宅してから、返却に向かうことができるのだという。 さらには、返却ポストも延滞料を減らすのに役立っているという。レンタル屋としては延滞の収入が減ってしまうので、どこも本心としては返却ポストを置きたがらないというのが本音らしいのだが、お客の中には「返却ポストがあるので入会しました」という人もいるので止められないというのが実情のようだ。 DVDを購入するようになって新たな問題が台頭してきた。DVDが溜まり始めたのである。買ってちゃんと観ればいい方で、買っただけで満足してしまってそのまま積み上げてしまうようになってしまったのだ。観ても一度きりという作品も多い。そのような作品が棚からあふれて、AV機器の脇を占領し始めた。しかも、堆積して地層状になってしまって、自分がどんなDVDを持っていて、どれを観終わっていてどれを観ていないのかすら分からないようになってしまった。 これは、部屋を片付けるという意味でも、経済的にも、精神衛生的にも良くない状況である。さらには、明らかに一度しか観ないような作品や、買うまでもない作品まで買ってしまっているのはいくら安いといっても無駄である。 レンタル屋に行くのは困難だし、DVDを買い続けるのもイヤだというこのような状況を打破する方法が無いかと思案していたところ、あるサービスが目に入った。ネットで借りられるDVD宅配サービスというものだ。元々は、通販大国であるアメリカで生まれたサービスらしい。 どのようなものか自分が加入したDISCASを例に簡単に説明すると、まずネットで入会登録をする。そして、自分専用のページの予約表に20件ほど作品を登録する。すると、レンタルできる順から自動的に2枚ずつDVDが送られてくる。送られてきたDVDを観終わった後は、同封されてきた袋に入れてポストに投函するだけ。 オレが入ったのは月2000円ぐらいのサービスなんだけれども、特徴的なのは「延滞料」という概念がないこと。毎月、会費さえ払ってさえいれば、いつまで手元に2枚のDVDを置いておいてかまわないのだ。だから、借りてから1ヶ月後に返却してもかまわない。ただし、手元に未返却のDVDがあるうちは次のDVDは送られてこない。 また、切手代などの送料や配達料は無料。 もちろん、、一月何枚でも借り放題。郵便や配送の事情が許す限り、月に何本でも借りることができる。メールでこちらから返却したDVDが配送センターに到着したことを通知が届くし、配送センターからどの作品をいつ発送したかも同様だ。 さらには、クロネコヤマトの配送番号も通知されるために、現在荷物がどこにあるのかをウェブ上でトレースすることも可能だ。「○○の物流センターに届いたな」とか、ネット上で分かってしまうのだ。「配達完了」の表示を確認してから郵便受けに行くようにすれば、せっかく取りに行ってもまだ届いていないなんてことはない。また、家と郵便受けの間を悶々としながら何度もウロウロする必要もない。家でベッドに寝っ転がったまま、全てが完了してしまうのだ。 ネットと物流の利便性を最大限に生かしたサービスであるといえる。 つづく |
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