April 23, 2005 02:54 PM

読者のみなさまへ――サ母より

 このガンエヴォは我が家のパソコンでは見ることができませんので、貴宏がこれまでどんなことを書き、読者の方がどんなことを書かれているのかも知りませんでした。今回の入院中、初めて読者のみなさまのメッセージを読む機会を得ました。もっと早くに知り得ていたらと残念でなりません。

 3月24日、突然の主治医からの電話で入院を勧められました。しかし、本人には見事断られてしまいました。まだ『VP』の校正が終了していなかったのです。
 3月29日に上京した折、『VP』の校正刷を少しずつ輪ゴムで止めてと言うのです。寝ながら読むには重過ぎるからとのことでした。ベッドに仰向けに寝ながら、分厚い量の校正刷を必死で読んでおりました。
 よほど嬉しかったのでしょう。31日の夜、「仕事が一段落しました」とのメールが入りました。

 4月6日は受診予定の日でした。病院へ付き添うために上京しましたが、肩で息をしているような状態でした。そこですぐ病院へ連絡を入れ、午後に入院できるようお願いしました。
 アパートの部屋の玄関からエレベーターまで5、6歩。エレベーターを降りてタクシーまで40歩位でしょうか。やっと歩いて行きましたが、それが最後の歩く姿となりました。
 
 病室に着くなり酸素吸入をし、すぐに腹水を2リットル抜いて貰いました。もうぼろぼろの体になっていたのです。入院後も日に日に体力は低下し、食も細くなりました。『VP』の見本が届いても表紙を見ただけでした。
 牧野出版の吉田さんも見えましたが、貴宏にはお会いする気力もなかったのです。でも、印刷された読者の方からのメッセージを読ませて頂いて、なんとか返事を届けたいということで、翌日吉田さんに口述筆記をして頂きました。それが「作家デビュー」のメッセージとなって実現したのです。また、NHKの西島さんからもメールでブックセンターの写真を送っていただき、本が並んでいる様子を見ることができました。本屋さんで見られないことをとても残念がっておりました。

 本が店頭に並び、毎日届く読者の方からの反響を読んで貰う度に元気を取り戻していきました。

 主治医との話し合いでは、貴宏は「今は体力がない。少し休みたい。体力が戻ったら山形の家に帰りたい」と言いました。実家で小説の二作目を書きたかったのです。

 17日はすいかをおいしそうに食べ、3時すぎに父親が「連休にまた来るから」と言って病室を出ようとしたら、「ありがとう」とはっきりとひとこと言って別れました。
 その後吉田さんと西島さんが見えました。吉田さんは読者の方々のコメントを読み上げてくれました。
 お二人が帰られたのは6時頃。その後、少しうとうとしておりましたが、突然『VP』の見本を見たいと言って本を手に取ると、後半の部分を真剣に見ておりました。何かを確かめたかったのでしょう。
 少しして、食事すると言ってカロリーメイトを少し飲んで、またしばらく休み、ぽつりと、
「がんばらないと……車椅子に乗れたらいい」
「そうね。電動車椅子もあるし、行動範囲広がるよね」
 それが最後に交わした会話でした。
 ちょっと間をおいて、細くなった手で私の手を静かに握りしめました。今思うとありがとうとさよならの両方を伝えたかったのでしょうか。
 それから40分程して静かに息を引き取りました。
 死ぬ間際まで仕事への意欲をみせました。それは読者の方々の『VP』に対する感想を聞いたからだと思います。


 貴宏は病気との戦い、孤独との戦い、仕事との戦いと、ずっとずっと戦って来ました。どんなに辛く苦しくても仕事を続けてこられたのは、読者の方々の声によるものだと改めて知りました。読者の方が、貴宏の言葉に勇気を貰いました、励まされましたと述べておられますが、本当に励まされたのは貴宏の方だったと思います。長い間支えて下さり、本当にありがとうございました。
  
 通夜や葬儀を通し、貴宏が多くの良き友、先輩、読者の方々に恵まれていたことを知り、とても嬉しく思いました。と同時に感謝の気持ちで一杯です。また、これまで身近にいた者として、力尽きるまでよく頑張ったと誉めてやりたいです。
 本当は大声で叫びたいほど苦しい時もあったのに、平気で乗り越えたふりをして。ものすごく努力してるのに、普通にできたふりをして。

 病室では、「そばにいるから安心してお休み」と言うと「うん」とうなずき、安らかな寝顔で眠ったものでした。息を引き取った貴宏の顔はとても穏やかでした。すべての力を『VP』に注ぎ、満足したかのように。
 故郷の山形で、まだまだ書きたかったろうにと思うと残念ですが、仕方のないことです。自分が忘れられない為に本を残すと宣言し、病気と戦いながら三冊も出版できたのですから、よくやったと言ってやりたいです。

 今、庭には、梅の花とこぶしの花が咲いています。桜の開花には、あと一週間はかかるでしょう。入院する時には、東京は桜が満開でした。タクシーの中で「今年は花見ができなかったな」と言っておりました。昨年の8月2日に亡くなった愛犬ロッキ−とお散歩した公園に貴宏も連れてお花見を致しましょう。リクエストは何かな? おだんごかな? 上京の前には、よくメールのやり取りをしました。今回のリクエストは……と。

 貴宏はたくさんの仕事を残してくれました。サ母はインプットされた任務の遂行を当分続けていかなければならないようです。それが全て完了した時に、悲しみはどっとやってくるのでしょうか。

    
    サイボーグ母こと、奥山貴宏母より

April 20, 2005 07:25 AM

読者のみなさまへ――パブリデイ編集部より

奥山貴宏さんが、4月17日20時1分に亡くなりました。
昨日告別式が執り行われましたことをここにご報告いたします。

ご遺族の意向が、ご報告は告別式を済ませてからにしたいというものでしたので、このタイミングでのお知らせとなりました。

読者のみなさまからいただいた励ましの言葉や本の感想は、最期の最期まで、奥山さんに届いていました。
病室でPCを操作するのが難しくなってからも、ブログは口述筆記で更新、コメントはプリントアウトしたものに目を通されていました。
17日の夕方に病室にプリントアウトをお届けしたときにも、たくさんのコメントに力を得られたようでした。後でサ母上にも「がんばんなきゃな」と話されたそうです。
「本屋に行って、この目で見たい」
それが、病室に伺うたびに繰り返し聞いた言葉でした。

どんなに激しい痛みの発作を起こしても、決して連載を休んだり遅らせたりしたことはなく、途切れたのは最後の1週だけでした。
たとえ苦しそうに息をしているときでも、いつもシニカルでユーモラスな言葉が飛び出してきました。

奥山さんが力をふり絞って残したものを、受け止めてください。

これまでのご愛読ありがとうございました。


牧野出版 パブリデイ編集部 吉田元子


「ガンエヴォ」にいただいたコメントのプリントアウトは、本とともに棺に入れさせていただきました。

April 16, 2005 09:32 PM

小説

死にたくないな。
書店で会いたい。
本屋でセットで買ってくれ。

April 12, 2005 03:57 AM

作家デビュー

三國志が読み終わりそうです。今7巻を読んでいます。
ワイプアウトを内緒で妹に買って来てもらいました。サイボーグお母さんに言うと怒られると思ったからです。
ガン漂流とガンエヴォの読者のおかげでいっぱしの作家になることができました。
つまんなかったらブックオフに売ってチャラにしてください。

April 08, 2005 12:00 AM

歴史アレルギーな男 下

April 05よりつづく

けれども、その秀君が興味を持っているのに、オレが全く興味を持っていないコンテンツというものがあった。それが歴史ものである「三国志」だったのだ。秀君が三国志のマンガを読んでいたり、本を読んでいるというのは何となく知っていた。けれども、それに関しては特になにかを話したりするということは、特にしなかった。オレ自身「三国志」が中国の歴史物であることくらいは知っているが、それ以上は何も知らないのだ。話したくても、話せない。

世の中のお父さん達が子供と話題を合わせるために、ポケモンのカードゲームに挑戦したりしているとしよう。オレが何となく「三国志」に興味を持ったのも、秀君と共通の話題を少しでも増やしたかったという「お父さん的な気持ち」があったことは否めない。そういう年に自分もなったということなのだろう。

別に「三国志」である必要もなく「水滸伝」でも「新撰組!」でも「白虎隊」でもかまわなかった。ここでは、秀君と共通の話題を持ちたいという気持ちが強かった。

そんな折、いきなりコミック三国志マガジンなるものが発売された。知らなかったのだが、今って三国志コミックブームなのだそうだ。秀君はそういった流行をバッチリ押さえていたことになる。

三国志っていう1テーマだけで、コミック雑誌が成立しているっていうのが面白そうだったし、ネタになるかと思い映画に行ったとき買ってみた。そして、上映までの間時間つぶしに読んでみることにした。

その瞬間、オレの動きは止まった。「濃すぎて、1ページも読み進められない」のだ。「たかだかマンガなのに、何を大げさな」と思うかもしれない。でも、今オレがやろうとしたことはガンダムに関する知識が全くないのに、ガンダムAを読もうとしたのと同じ行為なのだ。この雑誌はある程度ガンダムに関する知識を持っている人達向けに描かれている。

この「コミック三国志マガジン」も同じで、すでに三国志のストーリーや世界観を知っている読者向けに発行されているものだったのだ。連載ものがまとまった単行本のように順を追ってストーリーが進んでいくのではなくて、もうそういった本はとっくに読んでいる人向けに描かれている。いわば、コミケで売っている同人誌に近いノリだったのだ。

おかげでせっかく買ったのに、1ページも読めないままに家に持ち帰ってきた。

それからどうしたかというと、基本的には負けず嫌いなもので「三国志」というものを自分なりに勉強してみることにした。伯父が大学で中国史を教えているので、早速連絡を取り定番的な本を紹介してもらった。それは講談社から出ている吉川英治版「三国志」全八巻だそうだ。早速、ネットの古本屋でその本を注文した。

さらに、折のいいことに、こんなものまでタイミング良く発売されるところだったのだ。こういうゲームって、結局キャラを知らないと面白くないし、勉強した知識をおさらいするためにも買ってみることにした。

子供の頃にPCで少し「三国志」のシミュレーションはやったことがあったし、少しは分かりやすくなっているだろうと思いきや、開始して10分で投げ出してしまった。もう、難しい。何から初めていいのか分からなかった。ゲームではキャラクタや世界観、歴史を知っているのが前提な上、基本的な操作やゲームの進め方まで知っていることが当たり前になっていたのだ。

なので、このゲームに関しても右も左も全く分からずに、アマゾンで1600円もだして攻略ガイドブックを買うハメになってしまった。

これまでに手に入れたアイテムの難易度を並べてみると

ゲーム>マンガ>小説

ということになる。普通逆だろう! 小説とか本を読むのが嫌いな人がマンガを読むわけだし、マンガすら読まない人達がゲームをするものだと思っていた。しかし、この21世紀の世界では、逆でゲームやマンガを楽しむために、小説で一般常識的な基礎知識を固める必要が出てきてしまった。ゲームやマンガを楽しむのにすら、教養が求められる時代なのだ。

今の時代我々はもしかしたら、マンガやゲームをより深く楽しむための知識を得るために学校に勉強しに行っているのかもしれない。

April 07, 2005 04:21 PM

聖水マシン

カテーテルを刺される。激痛。

昨日hhq腹水を抜いたけど、また戻ってしまった…

April 06, 2005 09:17 PM

緊急

誠に申し訳ないのですが、本日から数日間緊急に入院することになりました。関係各位には大変ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願いします。

April 05, 2005 12:00 AM

歴史アレルギーな男 上

「歴史」アレルギーだった。

「時代劇」アレルギーだったと言いかえてもいいかもしれない。テレビでチョンマゲや悪代官、チャンバラが出てきたらすぐにチャンネルを変える。歴史ドキュメンタリーや歴史クイズ、時代劇映画の場合も同様だ。

西洋化された日本文化ならば大丈夫なんだけれども、着物とか浮世絵とかそういうもの全般がダメで。それは、日本の歴史だけに限らず、西洋の歴史物、ギリシア文明やエジプト文明などとにかく歴史関係なものは全てシャットアウトしてきた。

デジタルカメラの画素数に一喜一憂し、グラフィックボードの二枚差しに胸を躍らせるような生活を送っているからだろうか? もうとにかく、基本的に新しい物好きなのである。品物が2つあったら、迷わず新製品の方を買ってしまう人間なのだ。新しい=正しいということを根っから信じ込んでしまっている人間なのである。

それに対して「歴史」は全く逆の命題を突きつけてくる。「過去に学べ、過去の人達に学べ」ということだ。もちろん、人間の進化なんて数十万年単位だろうし、新しく生まれてくる人達の方が優れているなんてことはもちろん無い。

そんなことは分かってはいるのだけれども、どうしても過去に起こった出来事より今起きている出来事との方が気になるのだ。

もっと、分かりやすく書くと、単純に歴史の成績が悪かったというのもある。何しろ、歴史の授業には「計算」も「公式」も「化学式」も存在しない。あるのは年号と出来事の羅列だけだ。それを片っ端から覚えて、覚えた量に応じて得点がもらえる。人の記憶がPCなどの出現によって、どんどん外部で為されるようなっているのになんて時代遅れなんだろう。また、歴史の先生も退屈であった。彼らがもう少し語り部、ストーリーテラーとして楽しい存在であったら、歴史にも興味を持つことができたかもしれない。

実際には眠りをこらえるのが精一杯という有様であった。さらには、自分自身が理系だったというのもあり、歴史などの教科を思い切り軽んじてしまっていたという事情もある。小中高のうちでひとつぐらい、歴史物で優れた作品に当たっていれば、また考え方や環境も違っていたと思う。少なくとも、ここまで無関心にはならなかったはずだ。

実生活において、少なくともオレの置かれている環境においては、こういった「歴史コンテンツ」を全く無視しても生活できるはずだった。

それは別に野郎だからといって、全員がポルノを見なければならないわけでないのと同じことだ。

この「歴史アレルギー」が破られる兆候は実は少しずつ見えていた。NHKで放送していた「新撰組!」を観ていても、それほど不愉快な気分にならないで済んでいたのだ。理由はよく分からない。若い俳優が沢山出ていたからだろうか? もちろん、映っているのをたまに観ていた程度なので、作品に関してはどうこう言える立場でない。

でも、これまでのように「チョンマゲが映っただけで、チャンネルを変える」という状況から変わったのは間違いない。理由はなんだったのか? 自分でも正直うまく答えられないと思うのだが、簡単に書くと歳をとって丸くなったのだろう。

積極的に受け入れる環境が整ったというのではないが、見つけたところから排除するような過激さは少なくとも無くなったということだ。

そうして、ある決定的な変化が訪れた。ガンエヴォその他にも時々登場するのだが、オレには10歳年下の「秀君」という弟がいる。彼とは10歳も年が離れているのだから、話や趣味に共通点が見つけられないのでは? と心配されるかもしれないけれども、実際にはその逆で音楽の趣味も一緒だし、お互いゲーム好きだったりと、あんまりそういった年齢的趣味的なギャップを感じたことはなかった。

つづく

April 03, 2005 10:45 PM

また、こんなの買って




竹谷の原型でベガが出るとは! 大友のデザインに忠実でいい感じ。

April 01, 2005 07:24 PM

VP予約開始!

何気なく、アマゾンを覗いていたらなんとヴァニシングポイントの予約が始まっていることを発見する。

昨日の夕方まで、泣きながら校了していたので、なんかシュールというか、嘘みたい。だって、14日発売よ! ということで、予約よろしくお願いします。

April 01, 2005 12:00 AM

「ガンエヴォ」メイキング 下

March 29よりつづく)
あと、今回は日記だけでなく、ブログの文章も盛り込んだ。日記だと一日一回しか更新しないので、どうしてもスピード感に欠ける。けれども、ブログはムラはあるけれども、その時一瞬を切り取るようなエントリーがあったりする。また、時間が多少ずれるので、日記が後日談みたいになっている場合もある。

コラムは前回のものよりも明らかにパワーアップしているのが分かると思う。実はコラム集みたいなカタチで出せればいいなと思い目次だけ作成してあった本がベースになっている。そこでは、オレの人生の中で得られた経験みたいなのを「オルタナティヴな視点で」(笑)語る予定だったのだが、それをこのガンエヴォのコラムに持ってきたのだ。だから、まさに病気に関係あるなしに関わらず、自分が書き手として心から書きたいテーマを展開させてもらっている。

とくに「時計」と「映画館」に関するコラムは心から書きたかったもので、こうして本というカタチで文章が残ったのはラッキーだと思った。

この本は腫瘍が脳に転移したところから始まる。脳に転移したということが、ガンという病気になって以来二番目にショッキングな出来事だったし、二冊目が始まるならここしかなかった。

何度か読み返してみたけれども、「身体が動かない」「身体がベッドから剥がれない」っていう表現が多数出てくるんだよね。今も同じような状態ではあるのだけれども、これが一冊目との大きな違いだ。

傑作なのは「ポマードはげオヤジ」だろう。コイツがいなかったら、この本もここまで盛り上がらなかったかもしれない。特に「絶望収容所」と題された回は我ながら傑作だと思った。コイツのおかげで入院生活が本当に地獄になった。今思い出しても本当に頭に来るのだが、読み物として考えると面白くなってしまっているのが悲しいところだ。

医療的なクライマックスのひとつは7月頭のγナイフの処置だ。ケータイとPCを持ち込んで入院したので、リアルタイムでその動勢を伝えることができた。治療としても、頭に鉄の金具を針で止めるようなもので、今思い出しても恐ろしい。これまで受けた治療でもっとも見た目も「拷問」に近いものだった。

ただ、後日談としては今月頭部のMRI検査を受けたのだが、医師が言っていたとおりバッチリ効果が出ており新たな病変は認められなかった。受けたときは「半年後なんて生きているのかな」という感じだったが、その半年を生き延びて、しかも頭部の脳腫瘍に関しては緊急の心配が無くなったというのはありがたいことだ。

続編的内容としては、餃子オヤジと江戸っ子Sさんのその後も描かれている。

あんまりネタバレしてしまうと、買ってもらえなくなってしまいそうなので(笑)この辺にしておこう。

前作のように注釈の隙間がないので、文章はギッシリ詰まっているし、さらにはページ数も増加しているので読み応え感は増していると思う。ぜひとも、この機会に読んでみてほしい。

 Copyright©2004 Makino Publishing Co.,Ltd. All Right Reserved.