第35回 :上がり症に代表される社会不安障害という治癒可能な慢性病
精神科領域には、よくぞ付けたものだと感心するぐらいイマジネーション豊かで本質を突いたネーミングの疾患が多い。思いつくままを挙げると、かつては精神分裂病と呼ばれた統合失調症をはじめ、うつ病、パニック障害、外傷後ストレス障害(PTSD)、社会不安障害、気分障害、心気症、強迫性障害、心身症、適応障害、人格障害、全般性障害、衝動制御障害、摂食障害、月経前気分不快症候群、対人恐怖症……。身体的性別と心理的性別の不一致に悩む性同一性障害の診断も、精神科医の持ち場である。解離性障害、転換性障害も、やはり以前はヒステリーと呼ばれていた。前者には解離性同一性障害も含まれるが、いわゆる多重人格のことだ。列記した中で、実は最も身近ともいえる障害の一つ、社会不安障害の話題を取り上げたい。
社会不安障害は、精神科医の間でもやっと注目されるようになった比較的新しい概念の障害だ。ごくありふれた、つまり日常的一般的な不安の一部と考えられ、病気とは見られてこなかった一面がある。内向的な性格に多い、ある意味では、だれもがかかりうるので、だれも病気と考えていなかった。それゆえに、医者にかかるほどのことでもない、と独り悩む人たちがどれほどいることだろう。
精神科領域の話は、精神科医によって微妙に見解や解釈が異なるので、扱いげ方が難しいが、「日本における社会不安障害とは上がり症を指す」と言えば、わかりやす過ぎるだろうか。これは、和楽会横浜クリニック院長の山田和夫医師からの受け売りである。日本人の46%が上がり症ともいわれ、人前で緊張しやすい対人緊張の傾向がある。「かつては上がり症と呼んでいたもののうち、極端なものを、今は社会不安障害と言い習わしているのです」と山田さんは説明する。
「Social anxiety Disorder」。これが社会不安障害の英語表記で、略称はSAD。米国精神医学会が一九五二年に発行した「精神障害の診断と統計マニュアル」(DSM−・(ローマ数の1))の第四版であるDSM−・(一九八O年)に初めてこの障害が記載された当時は、社会恐怖(Social Phobia)の呼称だったが、何々恐怖と呼んでいたのではさぞや恐ろしげな精神疾患という不本意な認識を持たれかねないとの反省から、社会不安障害に変わった経緯がある。一生の間に一度はかかる生涯有病率を見ると、アメリカでの疫学調査による全人口の一三・三%、フランスでの調査一四・四%というデータなどがある。
日本では、専門家による調査は行われていないが、アステラス製薬、ソルベイ製薬、明治製菓の三社が二OO五年十月、全国の十代後半から四十代までの一般男女六百人を対象に、SADの可能性のある人がどれぐらい存在するかをインターネットで調査した数字がある。この「社会不安障害に関する認識調査」によれば、一三・四%が「自分にあてはまると思う」と回答しており、七人に一人はSADの可能性を持っていることになる。もちろん、SADの内容について説明した上での設問に対する答だ。偶然の一致かどうか、米仏の調査数字とほぼ同一である。
社会不安という言葉には、一般の人たちには馴染みにくい、というよりか、誤解を招きかねない響きがある。騒擾、騒乱、紊乱、恐慌、犯罪多発、景気低迷といったような不穏な社会情勢に対する不安のイメージが漂うが、精神科領域では人前で上がってしまったり、引っ込み思案になったり、気恥ずかしいような、世間に対する恐れや不安などの症状を社会不安と言い習わしている。それを以前は社会恐怖と称していたものだから、余計おどろおどろしかった。いずれにせよ、社会不安障害とは、社会不安の感情や悩みが大きくなり、社会的な障害が生じてしまう病的な状態といえよう。上がり症も程度問題で、病的になれば社会不安障害という疾患としての治療が必要になってくる。
となると、他人と接したり、面と向かうのをいやがる対人恐怖症も社会不安障害と同じように思うかもしれない。実は対人恐怖の研究が日本では盛んで、世界に誇る独特の系譜を持っているという。社会不安障害研究の欧米での第一人者であるデービッド・シーハン教授(米サウス・フロリダ大学教授)、ボーウィン・バンデロー教授(独ゲッティゲン大学教授)と日本の研究者らの共著「社会不安障害」(日本評論社、二OO二年刊)で、大野裕・慶応大学教授が「対人恐怖症と社会不安障害の類似点と相違点」について詳述している。それによると、DSM−・(4の意のローマ数字)の「文化結合症候群」のセクションに、日本の文化固有の社会不安障害として、taijin kyofushoが取り上げられているという。対人恐怖症が一般名詞になっているのだ。その英語表記はanthropophobia、直訳すれば人間恐怖とでもなろうか。
大野さんによれば、社会不安障害が人前で自分が不適切な行動をするのではないかという、自分に主体を置いた恐怖が中心であるのに対し、対人恐怖は人から変に見られるのではないかという、他人に主体を置いた恐怖が中心になっている。そもそも、SADという概念自体が形成された経緯を考えると、同じ社会不安障害でも、自分のパフォーマンスを重視する米国的なと、対人関係を重視する日本的な思考パターンの違いが反映されている、と大野さんは見る。
いずれにせよ、対人恐怖症と社会不安障害は同一ではない。同じ本の共著者でもあり、臨床研究でも定評のある貝谷久宣・和楽会理事長は、「対人恐怖 社会不安障害」(講談社、二OO二年刊)の前書きで、こう記している。「『対人恐怖症』は日本の文化に深く結びついた心の病気です。本書で述べる社会不安障害は対人恐怖症に含まれますが、対人恐怖症は社会不安障害のほかにもより幅広い病態を含んでいます。それらの症状は社会不安障害に含まれるものよりもっと精神病的なものです」。もっと精神病的なものというのは、例えば、自分のことを噂しているなどといった関係妄想、自分の視線が相手の心を傷つけたなどの加害妄想を指している。その意味でも社会不安障害は、だれもがかかり得る不安障害の一つであり、後述するように、最近の薬物治療で嘘のように治る症状に過ぎないのだ。
貝谷さんは前掲書で、「社会不安障害のいろいろ」と題し、様々な症状を挙げている。スピーチ恐怖、書痙、会食恐怖、視線恐怖、赤面恐怖、対人恐怖、振戦恐怖、排尿恐怖、発汗恐怖、腹鳴恐怖、電話恐怖……。書痙というのは、人前で字を書くのができなくなる症状。係員の目の前で申込書を書こうとすると、手が震えてうまく書けない経験があれば、一種の書痙かも知れない。振戦恐怖は、来客にお茶を出そうとして手が震えたり、人とお茶を飲んでいる時にコーヒーカップごと手がガタガタ震えるような症状だ。トイレで横に人が立つと排尿できず、人がいないトイレを探し回るのが排尿恐怖。胃腸に問題がないのに、どこででもおなかがグーグー鳴るのを恥ずかしいと感じる腹鳴恐怖。この他、吃音恐怖も見落とせない障害の一つだ。
前出の山田医師は、日本人のSADで多い症状はスピーチ障害で、六割ぐらいを占めるという。四十代のサラリーマン氏は中学生のころから人前で話をするのが苦手だったが、会社勤めをするようになってある程度はコントロールできるよになっていた。それが何年か前、部下の結婚式のスピーチで極度の緊張のあまり、新婦の名前が出なくなってしばし沈黙、やっと、「おめでとうございます」と言って済ませたが、新郎のエピソード紹介はなし。「門出に水を差した」と自責の念で、以後あいさつが怖くなった。これがスピーチ障害の典型例だ。
これで思い浮かぶのが、二OO四年のアテネオリンピックの日本選手決団式で、主将の柔道世界チャンピオンが十何秒間、言葉が出なかった光景だ。テレビで観ていた人はみな、「あれ、どうしちゃったんだろう」といぶかしがったが、恐らく社会不安障害の一種だったのではないかと思う。あの時のスピーチ失敗がその後も気分を落ち込みさせ、金メダルどころか予想外の敗戦続きにつながったという見方は、当時も今もあまりされていないが、上がり症ーーSADが世界の檜舞台にも大きな影響を与えると言えないだろうか。
そう言えば、オリンピックの大一番で金メダルを当然視されている日本選手の中には、期待を裏切る結果に終わったケースが随分と多い。単にプレッシャーに弱いというのではなく、社会不安障害の観点から眺めると、意外に新たな視野が開けてくるように思える。薬物療法でこのSAD患者の目覚ましい治癒を目の当たりにしてきたと語る山田医師は、例えば上がり症の傾向があるオリンピック選手に薬物療法すれば、実力を発揮できる可能性があると指摘する。ドーピングとの兼ね合いもあろうが、一般人、スポーツ選手を問わず、治癒可能なら試してみる価値はある。
上がり症に代表される社会不安障害のような疾患は、性格に由来するものだと思われてきた。今でもそう考えている人が少なくない。そもそも、上がり症ぐらいで医療機関を受診しようと思う患者は少ないとされている。自分で内気な性格と考えていたり、性格なので医者にかかっても良くならないと諦めている場合が多いからだ。上がり症、内気、照れ屋、自意識過剰ーー。こういったものはすべて性格そのもの、あるいは持って生まれた性格の一部なのだから、治療の対象にならない、あるいは大した問題ではない、と考える医師は今なお多い。
しかし、本当にそうだろうか。貝谷医師は前掲書で、社会不安障害の人たちにしばしば見られる回避性人格障害の事例に触れて、一般的な意味での性格を次のよう定義づけている。「性格とは若いころから持続するある一定の行動パターンであると解釈できます。つまり、かなり普遍的な、変わることがない行動パターンを性格ととらえることができます。一方、病気はよくなったり悪くなったり、進行したり、治ったりするものです。ですから、病気による行動パターンであればそれは訂正の可能性があります」と。そして、こう続ける。「しかし、病気と性格とのあいだにはっきりと境界線を引くことは困難です。病気が長期間続いてそのような性格になってしまったという考え方もできます」。
貝谷医師によれば、回避性人格障害とは劣等感が強く、自分を社会的に不適格だと思い込み、侮辱されることを恐れ、世間から逃避する性格であり、社会不安障害との合併が多く、両者を区別することは難しい。SADの症状が四項目以上あると全般性社会不安障害と診断されるが、この患者の半数以上が回避性人格障害と診断された複数の研究結果がある。全般性は社会性不安障害の中でも重症なのだが、治療されずに長期間放置され症状が固定し、人格障害と診断されるようになった可能性が高い、と貝谷医師は指摘している。話がやや難しげになったが、回避性人格障害は性格の病気であり、SADの重症型である全般性社会不安障害は病気であるのだが、後者をきちんと治療すれば回避性人格障害と誤診されずに済み、かなり良くなるということだ。
杏林大学保健学部精神保健学教室の田島治教授は、不安障害、気分障害の発症メカニズムを研究する精神科医だが、「SADをいったん発症してしまうと、放っておいては自然に治癒することがない慢性疾患です。大きな問題の一つは、十代半ばから後半にかけ、精神疾患の中で最も早い時期に発症し、それを苦に病んでしまう、あるいはそれとは無関係に、うつ病、アルコール依存症といった他の精神疾患を併発することです」と指摘する。SADがベースにあってうつ病が発症するケースも少ないのだ。SADの受診率がわずか三%に過ぎないことも、かつては中高年の病気とされていたうつ病が近年、青少年にやたら増えている一因になっている。
田島さんによると、SAD患者の中には、話し方教室に通ったり、催眠療法、カウンセリングなどを試す人が少なくないが、もともと人前で緊張してしまう症状だから、ほとんど効果が得られないという。時間と金を無駄に費やすまま、本質的な治療から遠ざかってゆき、慢性化、併発化の一方通行に向かってしまう。治療も、心理的なトレーニングを行う認知行動療法と、薬物療法の二通りあるが、前者は長期間を要する上に保険適用外で、指導する専門家も少ない。薬物療法はある時期まで、抗不安薬で不安を和らげたり、ベーター遮断薬で動悸を抑えるなどの対症療法しかなく、根治にはほど遠かった。
ところが、そんな現状の日本で、表面的な不安、緊張を取るだけでなく、生じなくするような、より深く作用するような薬剤が二OO五年十月に、厚生労働省から認可され、発売されるようになった。うつ病の治療薬として知られるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)である。製薬企業三社によるインターネットでの社会不安障害認識調査のデータを紹介したが、そのうち二社が発売している「フルボキサミン」(商品名ルボックス=アステラス製薬、同デプロメール=明治製菓)のことだ。
このSSRIは、ドイツのソルベイ社が開発し,一九八O年代前半にスイスなどヨーロッパでうつ病と強迫性障害(OCD)の薬として発売された。ただし、アメリカでは九四年にOCDのみの適応で認可されている。日本にSSRIが初めて上陸したのは一九九九年。それがフルボキサミンでもあった。適応疾患はうつ病と、その陰に隠れてあまり知られていないが、OCDだった。当時、日本では強迫性障害と言ってもほとんど話題に上らなかったせいもある。
フルボキサミンの臨床試験データは、専門家を驚愕させるものだった。五十二週連続服用した結果、「非常に良くなった」「良くなった」を合わせた有効率は六五%に及び、「やや良くなった」を加えると八五%以上の被験者(患者)が、症状の改善を自覚している。横浜市立大学助教授時代にこの臨床試験に参加した前出の山田医師は、「この薬でうつ病以上に治りやすい病気がSADだと実感しました。うつ病の治療時に時々、副作用として吐き気を訴えることがありますが、それも皆無でした」と語る。臨床試験はプラセボ(偽薬)との二重盲検(ダブルブラインド)で行われたが、四週目から症状、回避行動の軽減が見られるようになり、十週目には仕事や家庭生活の改善度がぐんと高まっている。「人生が変わった」と表現する患者の喜びに感動し、再発が今のところほとんどないことも驚きだったという。
次回は、このSSRIがSADに作用するメカニズムの他、強迫性障害(OCD)などを取り上げる。
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