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文:大西正夫
 
第37回 :異常ともいえる日本のPET検査ブーム

  同じスペリングでも、小文字で書くと愛玩動物、もしくは伴侶動物になるが、大文字だと機能画像としての放射線診断……。今回取り上げるPETの名称を、新聞・テレビその他で見た記憶がある人は多いだろう。すでにPET検査を受けた人がいるかもしれない。あるいは受けてみようか、と思っている人も。
  「全身の小さながんが一度に発見でき、がん検診の切り札」といった謳い文句で、ここ最近、PETが人気を集めている。"PETブーム"に乗って、一部の医療機関と旅行代理店が提携したPETツアーがそれに輪を掛け、一種の「社会現象」の様相を呈してもいる。PETツアーというのは、観光も兼ねた人間ドックを指している。しかし、喧伝されるほどにPETの効能は高いものなのか。
  PETは、ポジトロン・エミッション・トモグラフィー(Positron Emission Tomography)の略で、日本語では陽電子放出断層撮影という。陽電子(ポジトロン)を放出する放射性薬剤を生体内に入れ、薬剤の集積状態を画像とする検査法だ。もともとは、生体の代謝を機能画像に映し変えて解析する基礎医学用に開発された。その後、疾患の診断に有用であることがわかり、臨床応用が進められていった。
  特に悪性腫瘍が早い段階で検出できるとの触れ込みで、一九九四年に山中湖クリニック(山梨県)ががん検診に導入したのが日本で最初とされ、風光明媚な自然環境の下でゆったり検診を受けるリゾート型PET検診の走りとして話題を呼んだ。その後、都市部の医療機関が続々とPETを入れるようになった。「がんの早期発見に威力」といった調子で取り上げたマスメディアの後押しが、日本人の健康志向、がん不安にうまく火を付けた面も無視できない。
  後述するが、PETは、CT(コンピューター断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)のような従来の画像診断装置とは比べ物にならないほど高額で、管理維持費もかさばる。そのため、医療機器メーカーや、放射性薬剤製造企業、さらに、取り扱う商社など産業界も、ここを商機とばかりPET市場に参入したことも見落とせない。こういった諸々の要因が重なって、いわば社会現象を生み出したともいえる。   PETの仕組みを、まず見ておこう。正常細胞に比べがん細胞の増殖スピードは速く、それだけ多くのエネルギーを必要とする。つまり、がん細胞には、正常細胞よりもブドウ糖(グルコース)をより多く取り込む性質がある。そこで、その部位(転移を含めたがん病巣の広がり)を陽性像として捉えることができれば、がんを見つけられることになる。その捕捉手段として、ブドウ糖に放射性同位元素を加えた薬剤を体内に注入し、薬剤が集積して発する放射能を画像に映し出す。もっぱら使われている薬剤は、短寿命の放射性同位元素であるフッ素18を基にしたFDG(フルオロデオキシグルコース)と呼ばれるものだ。
  フッ素18の半減期は109分なので、検査は手早く行う必要がある。施設内のサイクロトロン(円形加速器)で製造後ただちに静脈注射し、約40分間、安静にして体の隅々まで行き渡った後、20分間を撮影(エミッションスキャン)に充てる。検査中は体を動かさないようにするだけで、苦痛はほとんどなく、一度に全身の検査が可能になる。減衰した放射能も尿から排出される。
  だが、現実を見ると、多くのPET検診には、がんを見つけるという点でCTやMRIをしのぐ特長があるという過大な宣伝が先行した。その結果、今まで見落とされていた数ミリぐらいの小さながんも発見できるという過剰な期待を膨らませ、PETはがん検診の切り札として日本中に一気に広まっていったのだ。
  しかし、思わぬピットフォール(落とし穴)があった。前述のように、確かにがん細胞はブドウ糖を取り込みやすいが、ブドウ糖代謝の昂進はがん細胞だけに見られるわけではない。例えば、神経細胞のエネルギー源はグルコースであり、脳には高いFDG集積が生じる。脳以外にも、心筋や胃、大腸、扁桃腺、乳腺などに集まりやすい。白血球やリンパ球などの免疫細胞は刺激によって糖を消費して活性化するので炎症組織には、やはりFDGが高濃度で集積する。
  二OO四年一月、国立がんセンター内にオープンしたがん予防・検診研究センターでは、新たながん検診方法の研究を目的として、初めてがん検診の希望者を募集した。その中で一番の人気だったのが、PET検診を組み込んだ総合検診コース。その検診結果の一部は、PETの検診意義を損なわせる内容だった。二OO四年二月から一年間に検診を受けた三000人が超音波、CT、血液などの検査に加え、PETを受け、約150人にがんが見つかった。ところが、このうちPETでがん有りと判定されたのはわずか23人に過ぎず、残りは超音波など別の方法で見つかっていた。全体のがん発見率で見ると、PETのそれは15%。この「意外に」低い発見率は、しかし、多くの放射線科医、がん専門医には、ある程度予期されていたことだった。
  例えば、胃や大腸などの消化管に出来るがんは、粘膜表面に広がって成長していくが、早期のこの段階では3センチの大きさに広がっていても、さほど栄養分を必要としないので、PETには映らない。だが、内視鏡では簡単に見つけられる。臨床的にはさほど有用でないのに、どういうわけかPETの大宣伝にかかると、いつの間にかがん発見に万能であるかのようになってしまう。
  そんな社会現象を懸念して、日本核医学会が二OO四年十一月に「FDGーPETがん検診ガイドライン(2004)」を出した。その中の「情報公開」の項で、「効果に関する誇張広告は慎むべきである。たとえば、『数ミリのがんが発見されることがある』」というような宣伝をする場合は、大きさだけがPETでの描出を決める因子ではないことを述べて、『数センチのがんでも発見されないことがある』ということを付記するのが望ましい」と釘を刺している。ガイドラインはこうも記している。「FDGーPETで早期胃がん、早期大腸がんが見逃されている可能性があることを知っておきたい」。
  現在、全国各地にPETセンターが続々と誕生している。一説によると、200を超えているとされる。民間だけでなく、独立法人化された旧国立大学病院も、「生き残り」を賭けて開設に走っている。その費用(初期投資)は、サイクロトン込みで15億円から20億円。医療材料から人件費など管理運営費は年間、億の単位とされる。一方、検診料金は、PET単独で8万円から10万円。他の検査を含む総合検診となると、10数万円から20万台に跳ね上がる。もちろん、検診だから人間ドック同様、保険は適用されず、全額自払いになる。
  前述したようにがんの早期発見という点では疑問符が付くにもかかわらず、これだけの料金を払ってまで受けるのは、人ごとながら、どうかとつい思ってしまう。医療機関の側に対しても、PET1台で1日10人が限度だから採算が合うのかと、これも心配になる。
  日本では医療機関といえども、流行に弱い。「これが良い」「患者を集められそうだ」「持っていないと低く見られる」となると、横並び的に乱立する傾向がある。さして使う必要もない、あるいは低性能のCTやMRIを備えるのはその典型だが、PETにしても同様のことが当てはまる。
  ただ、最近は、地域のどの医療機関も競って設置するのではなく、一つの医療圏に大規模なPETセンターを設け、周辺の医療機関は自前で無利して持たず、これを利用するという共同利用施設的な試みも出ている。医療資源の無駄や重複を避ける意味でも、歓迎すべきことだ。
  もともと、日本における臨床現場でのPETの使い方は、PET先進国の欧米に比べ、いびつだとされる。欧米では、がん患者のがん転移、がんの広がり、病期(進行ステージ)を判定するのに使われてきた。それは、PETの特性にかなった使われ方でもある。
  ところが、日本では、CT、MRI、超音波など他の諸検査でがんが発見されない人(がん患者とはまだ言えない)に対し試みる最終診断法として位置づけられてきた。その流れの中で、検診目的が突出して成長し、世界にも例のない日本的発展を遂げたと言えないだろうか。
  世界でPETを検診用に使っている国は、日本と韓国しかないともいわれる。その韓国も実は、観光旅行を兼ねた日本人PETツアーがお目当てだともいわれている。多くの放射線科医は欧米の仲間たちから、「どうして検診に使うのか」と訊かれて、返答に窮するという。ある放射線科教授は、「欧米では、病気があるかどうかわからない人に、放射線被曝の可能性がある検査をすること自体、奇異に思うようです」と嘆息していた。これは、PETにCTを加えたPETーCTが普及しつつあるためだ。
  もちろん、PETにはがん以外に、アルツハイマー病やパーキンソン病などの早期発見に有効なことがわかっている。日本でも、十種類のがんのほかに、てんかんと虚血性心疾患の二つが保険適応になっている。将来的には、うつ病などの早期発見に役立つと期待されてもいる。
  問題は、臨床現場での機能画像診断(CTやMRIは形態診断)に有用であっても、日本独特ともいえる検診システム(人間ドックも含め)にPETを加えつつある現実に対し、その意義を問われていることのように思われる。日本放射線科医会・医会の会長を務める中島康雄・聖マリアンナ医科大学教授(放射線診断学)は、こう語る。
  「検診はPETの本来の目的ではないし、PETに高い臨床ニーズがあるわけでもない。導入するにあたっても、疾患の適応をきちんとし、専門性の高い施設にPETの設置を集中させる必要がある。がんを見落として多くの潜在がん患者に悲劇を及ぼす前に、手を打つべきです」。この指摘に耳を傾けたい。



 


2006年4月18日更新
(隔週火曜日更新予定です)



Profile
大西正夫(おおにし・まさお)

1946年生まれ。北海道出身。71年北海道大学文学部英文科卒業。同年読売新聞社入社。水戸支局を経て科学部。2000年から調査研究本部。環境、医学医療を中心に科学系分野を担当。席を温めるのが性に合わず、いつも出歩いている。ソフアや畳の上、電車の中で海外ミステリー、エスピオナージュ(スパイもの)を読み耽るのが趣味の一つ。P・D・ジェイムズ、ジョン・ル・カレは古くからの枕頭の書。4年前から凝っているのが、オセアニアの森林駆け歩き。
 著書は、「火薬が心臓を救う」(共著、ダイヤモンド社)など。訳書に、「失われた絆 アルツハイマー病の母の記録」(読売新聞社)、「エイズ 死ぬ瞬間」(共訳、読売新聞社)、「カミング・プレイグ 迫りくる病原体の恐怖」(共訳、河出書房新社)など。このほか、調査研究本部が発行する季刊誌「調研クオータリー」に、海外植林やパプアニューギニア開発と環境、二酸化炭素排出量取引、ケナフといった環境問題、医学研究における個人情報保護やクローン人間のような生命倫理、人工臓器、人獣共通感染症などをテーマにした論稿を定期的に執筆。




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