パブリディ

vol.108 珍しくずっと家にいられる一日
  さあ、一日が終わった。今日はずっと家にいることができた。
  わたしにとって幸福な日とは、外出をせずにいられる日のことだ。けれどもそんな日が一年に何日あるかどうか。

  今日したことを書き出してみよう。
  まずわたしは、庭の柿の木の剪定をした。上を見上げて鋸で幹を伐っていると、木の粉が眼に入ってきてしかたがない。それでも1時間ほど頑張ると、柿の木はすっかりスリムになった。昨年は実が生りすぎてきっと木が力を出し尽くしているはずなので、余計な枝がないほうが、負担が軽くていいのだ。
  その次にスパゲッティを茹で、それを食べ終わると、新しく準備している本のために図版の準備に取りかかった。世界中に散らばっている百人の知人や友人にむかってポストカードを出すという形式の書物なので、百枚の図版を見つけておかなければならないのだ。

  ここまではよかった……。

  だがこの作業の最中に、わたしはふと魔が差してしまった。本棚のわきに積んだり、段ボールにいれたきりの古雑誌の整理を始めてしまったのである。これは泥沼だった。だが泥沼だと気づいた時にはすでに遅く、床のうえは足の踏み場もないほどに雑誌で散らかり放題となってしまっていた。
  なんとかしなければいけない。だが出来るのは、途中までさしかかった仕事をとにかく最後までやり遂せることしかない。雑誌のなかにはもう30年近く出版社から送ってもらっているものもある。一度も執筆したこともないのに、毎月送ってきてくれるものだから、いつしかわたしの身長以上に高く積みあがったものもある。それでもまだ頁を捲った痕跡があるものはいい。一度も目を通されることなく、わが家に到着するとただちに積み上げられて、それきりとなってしまったものもある。
  わたしが取りかかった作業とは、書斎の一角を占めているこの巨大な紙の集合体のなかから、一冊一冊をとりだし、目次に目を通し、はたして処分していいかどうかを判断することである。不要のものはどんどん段ボールに入れて、片付けていく。特別に愛着があって、何かの記念に保存しておきたいものは、別にとっておく。その他は、必要なところだけを切り取って、後は捨ててしまう。

  なにしろ仕事部屋のなかでも、10年ほど踏み入れたことのない領域である。あっという間に埃で手が汚れ、クシャミが止まらなくなり、鼻水が垂れてくる。マスクと軍手をしておけばよかったと思ったが、後の祭りだ。結局、夜までかかって、段ボールに10箱ほどの雑誌を処分することになった。捨てるか捨てないか、どうしても判断のつかないものは、また別にわけておいた。

  古雑誌を整理するときにもっとも危険な過ちとは、その内容に読み耽ってしまうことである。だがついつい目次を眺めていると、いろいろなことを考えてしまう。
  たとえば目次に大きな活字で別格に紹介されている名前が、今日ではすっかり忘れ去られてしまった人物であったりする。これを書いた直後に死んでしまった、という人もいる。またその逆に、後に著名な人物となり、個人的にも深い親交を交わすことになった人物が、思いがけず無名時代に小さな活字で登場していたりすることもある。昔はこんなのんびりとした特集を組んでいたんだなあと妙に感心することもあれば、同じ雑誌が過去と現在であまりに大きく性格が異なっていて、驚いてしまうこともある。ずっと以前に自分が執筆していた小さな文章を発見したりして、文章の凝って回りくどい運びに、若かったのだなあと思い出にふけってしまうこともあれば、なんだ、***についてこないだ書いたときに、どうしてこれをあらかじめ読んでおかなかったのだろうと、悔やまれる類の文章もある。要するに、さまざまな感慨がわたしの胸を横切っては消えてゆくのだ。

  気づいたこと。若い頃には実に端から端まで読み通した雑誌が、自分が執筆者として参加するようになったあたりで、そうではなくなってしまうこと。送られてきた最新号目次だけ見て、内容の大体の見当をつけると、後は実際には読もうとせず、そのままとなる。どうせいつか単行本になったら、そのときに読めばいいやという心理が働いてしまうのだろうか。もっともその単行本も、手元に揃えたまではいいが、なかなか読もうとしなくなる。
  これはどうしてだろうか。

  読む側のわたしが、書くことに忙しくなって、ついつい読むことを疎かにするようになったのだろうか。それとも雑誌が、あるいはそこに執筆している著者たちがつまらなくなってしまったのか。誰もが雑誌に熱中していた時代というものが、終わってしまったからだろうか。

  だが、この日はそれで終らなかった。最後に電話がかかってきて、わたしはある人物の急死を知らされた。なんという偶然か、それはわたしが今日の午後を費やして、捨てるか・捨てないかを迷った、1970年代に一世を風靡した雑誌の創刊編集長だった。いや、それどころか、わたしの最初の書物を世に出してくれたばかりか、その後、5冊も刊行してくれた大恩人であった。彼が携わった雑誌の一山を、わたしは迷ったあげくに段ボールに詰めそびれ、部屋の脇に積んでおいていた。捨てないでいてよかった。
  この人物は実は昨年、突然にわたしの研究室を訪れてきた。久しぶりの出会いだった。彼は単刀直入に、自分が癌であり、来年までしか寿命がないといった。そして、驚いているわたしにむかって、それまでにあなたの6冊目の本を出しておきたいと言葉を続けた。その「来年」とは、実は一月もなかったわけだ。
  複雑な気持ちがした。通夜には時間の都合が悪くて、もう間に合わない。せめて翌日の葬儀には顔を出すことにしよう。わたしは自分がモノを書き出したころの、1970年代中ごろのことを思い出した。ああ、あれ以来、もう30年にわたって売文家業を続けてきたのだ。この作業はいつまで続くことになるのだろう。わたしはいつまで書くことができるのだろう。

  さあ、一日が終った。わたしは自叙伝を書き始めるにあたってスタンダールが巻頭に置いた言葉を思い出していた。すなわち、わたしは幸福だったのだろうか。それとも不幸だったのだろうか。わたしの、珍しく外出をしないですんだ一日は、こうして終わった。

2007年1月30日更新

著者プロフィール
四方田犬彦(よもた・いぬひこ)
1953年生まれ。著書に『貴種と転生 中上健次』(ちくま学芸文庫)、『漫画原論』(ち くま学芸文庫)、『大好きな韓国』(ポプラ社)、『映画女優若尾文子』(みすず書房)、『白土三平論』(作品社)、『指が月をさすとき、愚者は指を見る』(ポプラ社)、『ハイスクール1968』(新潮社)、『心は転がる石のように』(ランダムハウス講談社)など多数。

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