パブリディ
美味しい単語帳
旬のおいしいものを表現する言葉を収集。
食欲をそそる日本語が山盛りです。
p.19

  年中行事には、それぞれに、食べ物が関係することが多い。「ひなまつり−白酒」、「お月見−だんご」、「冬至−かぼちゃ」、「彼岸−おはぎ」などがそうだ。何かを祝ったり、祈ったり、感謝したりするときに、食べ物は欠かせない。
  その中でも、「お正月−餅」は、かなり強い結びつきの組み合わせの一つと言ってよいだろう。ある調査によると、お正月に餅を食べる割合は年々減っているそうだが、それでも、正月には餅のイメージがあるし、餅には「ハレの日」の華やかさが漂う。
  餅のおいしさは特有の食感にある。私の勤務している食品総合研究所には、食べ物の味や食感を自分の舌や歯で評価する「感覚評価員」がいる。餅の食感を研究するために、様々な品種の餅米で数種の餅を作り、感覚評価員に評価してもらった。その結果、餅の食感は、「ねばりがある」「弾力がある」「やわらかい」「口中で溶ける」「なめらか」などで評価されることがわかった。こうしてみると、餅は日本人の好みそうな食感のオンパレードである。
  作家で随筆家の青木玉氏が、祖父の幸田露伴、母の幸田文の思い出を綴ったエッセイ『小石川の家』に、餅が登場する。搗(つ)き立ての餅に納豆をからめて食べる「納豆餅」や、餅を油で揚げた「揚げ餅」を幸田露伴がおいしそうに食べていた場面を回想して、搗き立ての餅の柔らかさ、なめらかさ、ねばり、揚げた餅の色のよさやふくらみを描写している。餅独特の食感は他の食品では得られない心地よいものだ。さらに、焼いたり揚げたりしたときのふくらみは、見た目にも楽しく、ぷっくりふくれた空気のもたらす食感も心地よい。
  餅の食感は好ましいのだが、食べにくいことも事実である。お正月には餅をのどに詰まらせる高齢者の不幸な事故が起こる。そのため、餅を食べやすくする努力は、餅米の栽培、餅の製造、餅の調理など様々な現場で行われ、最近では、「餅のおいしさをできるだけ損なわず、かつ、歯切れがよく食べやすい餅」も開発されつつある。
  ところで、やわらかく粘りと弾力がある心地よい食感を「もちもち」と表現する。もちもちのパン、うどん、ケーキ、チーズなど、「もちもち」にはとてもおいしそうな印象がある。この「もちもち」という表現、さほど古い言葉ではない。かつては「むちむち」と表現されていた。「もちもち」は最新の広辞苑にも掲載されておらず、擬音語・擬態語辞典類にも掲載されていないことが多い。「もちもち」という食表現自体は昭和の前半に使われた記録があるが、これほど頻繁に用いられるようになったのは1990年代の独特の食感をもつパンの流行がきっかけのようだ。確かに、「むちむち」よりも「もちもち」の方が圧倒的においしそうである。それにしても、これほどまでに「もちもち」が流行し、定着したのは、弾力や粘りが日本人に強く好まれる食感であったこと、「餅のような」というイメージがわかりやすかったことなどが背景にあるからだろう。
  餅は、日本人好みの心地よい食感をもつ、ハレの日の食べ物だ。年始に新たな気持ちをもたらしてくれる。「もちもちのパン」をありがたがるだけではなく、これからも、お正月には家族で餅を食べて、新年を祝いたいものである。

●● 餅を表現するその他の言葉 ●●●
白い、つややか、ねばねば、ねっとり、ねっちり、べたべた、
のびる、ふっくら、甘い

2007年1月5日 更新

皿

 

 

 

 

 

 

碗

 

 

 

 

 

 

箸



早川文代(はやかわ ふみよ)

お茶の水女子大学大学院博士課程修了。博士(学術)。小田原女子短期大学助教授、上海水産大学客員副教授を経て、現在、独立行政法人食品総合研究所主任研究官。専門は調理科学、官能評価学。 著書に『食語のひととき』 。



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