パブリディ
カレンダーボーイ1963

第3話 「繋がる世界」


  起きた瞬間に、あ! って思って、飛び起きたんだ。
  ここは、ぼくの部屋。もう存在しないはずの実家。ぼくのベッドにぼくの机。緑色のカーテンに灰色の絨毯。
「どうも慣れないなー」
  一九六八年。昭和四十三年。小学校五年生だった年。またぼくは戻ってきている。

  最初の日。一夜の夢としては上等だってタケちゃんと話して蕎麦屋の前で別れたんだ。そしてぼくは家へ帰って、妻の穂波と話をして、一人息子の真吾と寝る前に学校での出来事をなんかを話して、おやすみと言ったんだ。
  それから一時を回るまで仕事をしていた。講義の準備や論文の下調べ。一時十五分を過ぎたところでもう寝ようとベッドに入った。間違いない。その時点までぼくは二○○六年の六月十五日、いや正確には十六日か。そこに居たんだ。
  けれども寝て起きるとそこは一九六八年の六月十六日の朝だった。つまり、ぼくと安斎は寝て起きると一九六八年と二○○六年を行ったりきたりしている。
  そして今日までそれを繰り返している。
  ベッドから飛び降りた。身体が軽い。小学生の体っていうのはこんなに軽いんだと毎日感心する。階段をだだだっと駆け降りて、居間へ続くガラスの引き戸を開ける。
  そこの茶色のソファーに、父さんが座っていた。新聞を読んでいた。三都雄一。
  一九九九年。二十一世紀を見ることなく死んでしまった父さんが、そこにいる。
「なんだ、珍しいな起こされないのに」
「うん。目が覚めた」
  父さんの傍に寄っていって、新聞の日付をそれとなく確かめた。
  昭和四十三年六月十八日(火曜日)。
「十八日」
  父さんが不思議そうな顔をする。
「寝ぼけてるのか?」
  バサバサと新聞を畳みながら父さんが笑う。こうして日付を確かめるのも習慣になってきた。
  あの頃の家族に会えた懐かしさや驚きは、もう感じない。死んだ父に会えたときには思わず涙が出てきそうになったけど。
  今はここではない新しい実家で一人暮らしをしている母さん、そのすぐ近くに住んでいる結婚してもう子供が巣立っていった姉の潤子。みんながあの頃のままの姿で眼の前にいる毎日。今日は、十八日の火曜日。あることを実行する日だ。

  二日前、つまり六月十六日の日曜。また戻ってきてしまったその日のこと。
  朝ご飯を食べて、両親が親戚の法事に出掛けるのでぼくと姉は留守番だった。「じゃあ頼むぞ」と言い残して親が出掛けていくと、高校生の姉と二人きりになった。
「遊びに行くんなら、お昼には帰ってくるんだよ」
「うん」
  姉の潤子とは五つ離れている。優しく面倒見のいい姉だった。こうやって両親が留守にするときには、ご飯の支度から何から何まで主婦代わりをきちんとこなしていた。
「どっか行くの?」
  うなずいた。
「タケちゃんとこ、行ってくる」
  そのまま家を飛びだした。息子の真吾などは友達と遊ぶときには必ず電話をする。もしくは事前に約束をしている。そうじゃなきゃ遊べないって言う。やれやれと思ったもんだ。ぼくたちは、そんなことしなかった。そもそも電話のない家だってあった。今は、つまり一九六八年の今はほとんどの家に電話がついたけど、ほんの数年前まではうちだってついてなかったのだ。
  タケちゃんの家までは走って二分。緑色のトタン屋根の〈安斎豆腐店〉。家が近づくにつれてあの独特の匂いがしてくる。店らしい店構えはない。今日は日曜日でシャッターが半開きになっている。中を覗き込んで声を掛けた。
「おばさん!」
「あら、充くん。部屋にいるわよ」
  そのまま裏へ回った。勝手知ったるタケちゃんの家。身体が覚えてるし、記憶も甦る。そうだ、こういう造りだったな。
  靴を放りだして中に入り、タケちゃんの部屋の襖を開けた。タケちゃんが、布団に寝ていて妹の瞳ちゃんがその脇にちょこんと座ってマンガを読んでいた。〈なかよし〉だった。
「おう」
「どうした? 具合悪いのか?」
  タケちゃんが人差し指を立てて、口に当てる。すぐに後ろで声がした。
「なんだかねぇ。頭が痛いって言ってね。熱もないんだけどねぇ」
  おばさんだった。名前は、何と言ったっけ。思い出せない。そもそも友達のお母さんの名前なんてみんな知らない。
「動物園に行こうと思ってたんだけどねぇ」
  そうそう、タケちゃんちは休みの度にどこかに行っていたことを思い出した。普段が朝から晩まで働いているので、日曜日は家族全員で出掛けるのがいつもだった。タケちゃんが気づかれないように目配せをしていてそれで気づいた。
「おばさん、ぼく、タケちゃんを看てるよ。今日お父さんもお母さんも法事でいなくて、お姉ちゃんと二人なんだ」
「あら、そうなの?」
  姉は近所でも評判の良い子だった。頭も良いし美人だし、姉に任せておけば心配ないっていうのが近所のおばさんたちの間では常識だったはずだ。今、思い出した。
「じゃあねぇ、本人も頭が痛いだけで寝てれば治るって言うし、瞳もねぇ楽しみにしていたから、お願いしようかなぁ」
  家に電話をして姉に事情を話した。すぐにおばさんが代わってごめんなさいねぇって高い声で話しながら頭を下げていた。

「よし」
  おばさんたちが「じゃあよろしくねぇ」と出て行ったのを確認してタケちゃんは飛び起きた。
「三都だよな?」
「そうだよ」
  布団の上にあぐらをかいたタケちゃんは大きくうなずいた。
「また来ちまったんだな、オレたち」
「そうみたいだね」
  同じパターンであることを確認した。つまり、ぼくらは寝て起きる度に移動している。一九六八年と二○○六年を。日付は完全にシンクロしている。どうしてなんだという疑問は封印することにした。そうなってしまっているんだからしょうがない。
  胸に手を当てたりして煙草を探す仕草をして、苦笑した。さすがにそれはまずいと思う。我慢しなきゃ。
「もし神様がいるんだとして、オレたちにこんなプレゼントをしてくれた理由はなんだろうな」
「プレゼント」
「そうだよ。だってよ、もう一回人生をやり直せるかもしれないんだぜ?」
「それなんだけど」
  ずっと考えていたんだ。
「ぼくたちのいるこの世界は、繋がっているのかな?」
「繋がっている?」
「つまり、この世界で何かをしたら、二○○六年の世界で何かが変わるのかなってこと」
  タケちゃんがポン! と手を打った。
「そうそう、それさ。オレも知りたかったんだよな」
「確かめるいい方法を思いついたんだ」

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