パブリディ
カレンダーボーイ1963

第45話 「冬の訪れ」


  母さんの顔をついじーっと見てしまって、なに?  って訊かれた。朝ご飯のとき。
「なんかついてる?」
「いや、なんでもない」
  慌ててご飯を食べ出した。しょうがないよね。昨日の夜は家に母さんを、もう冷たくなってしまった母さんを運んできて、今日と明日の葬儀の準備にあれこれやって、なんだか寝つけないまま気がついたらここに居るんだから。
  一九六八年の、元気な母さんの「朝よー!  起きなさーい!」という声に起こされたんだから。
  初めてここに来たときに、死んでしまっていた父さんの顔を見たときに思わず涙が出そうになったけど、今回は違和感だけだった。しょうがないよね。昨日の今日なんだから。
「雪積もってるから、ちゃんと冬物着ていきなさいよ」
「はーい」
  雪が積もっているっていっても、ほんのうっすら。たぶん今日の昼間には融けてしまうぐらいだ。それでもこれからどんどん雪の降る日が増えていって積もっていって、街中が真っ白になっていく。
  冬がやってきた。
  そして、ぼくとタケちゃんが東京に行くまであと一ヶ月。
  毛糸の帽子を被って、アノラックを着て、ランドセルを背負って、長靴を履いて学校に向かう。確か中学に入った頃にはスノトレっていう冬用のスニーカーみたいなものが流行ったんだけど、あれはいつごろからでてきたんだろうか。
  白い息を吐きながら、雪を踏みしめながらぼくたちは学校に向かう。
  天気だけは本当に心配だった。雪が降って飛行機が飛ばなかったらどうしようとかいろいろ考えるけど。それから、姉さんにどういうふうに説明して、父さんと母さんの防波堤になってもらおうかと。
  わかってくれるとは思うけど、本当に申し訳ないなぁと思う。
  それから、もしものことを考えて手記みたいなものを残そうかなぁとも考えた。この時代のぼくが、四十八歳の意識がもう戻ってこなくなったとき、まぁ普通に考えるなら元に戻って四十八歳の記憶なんか全部なくなると思うんだけど、でも姉さんや佐久間さんやガンガン。そういう人たちに説明するために、何か残した方がいいんだろうかって。
  記憶がなくなっても、書いたものは残る。でも、残さない方がいいんだろうか。
  本当に、全然わからない。
「おはよっ!」
「おはよう」
  タケちゃんが後ろからランドセルにチョップをしてくる。こういうのも現代ではいじめっていわれるんだろうか。
「昨日は大変だったな」
「うん」
  少し小さい声でタケちゃんが話す。現代のことをこの時代で話すのは二人で禁止してるんだけど、これはしょうがない。なんだか今日は朝からしょうがないってばっかり思ってる。
「しかしなんつーか、すごい人生になっちまったよな、オレたち」
  真顔で言うから思わず吹き出してしまった。
「そうだね」
  笑いながら言うとタケちゃんも笑った。
「まさかこんなおもしろいことが待ってたなんて、やっぱ人生長生きしなきゃダメだよな」
「うん」
  そういえば。思い出してぼくはランドセルを下ろして抱えて中から手紙を出した。里美ちゃんから来た手紙だ。
「なんだよ」
「里美ちゃんからの手紙」
「読んでいいのか?  オレのことが書いてあるとか?」
「いやタケちゃんのことはなんにも書いてないけど」
  タケちゃんが大げさにガクーッと肩を落としてみせた。
「読んだことなかったよね。でもタケちゃんはずっと里美ちゃんのことを気にしていたんだから、一回ぐらい読ませてあげようかなって思ってた」
「そっか。でもなんで今なんだ?」
  一ヶ月後にはひょっとしたらそんなことも考えられなくなっているかも。そう言ったら、タケちゃんは頷いた。
「そっか。じゃ、遠慮なく」
  歩きながら便箋を持って、タケちゃんは手紙を眼で追っていった。里美ちゃんが聞いたら怒るかもしれないけど、タケちゃんだからいいよね。
「うん」
  読み終わったタケちゃんが満足そうにして手紙を返してきた。
「元気そうだな」
「うん」
「良かった」
「そうだね」
「このまま、元気でいてくれないとな」
「そうだね」

  学校に着くいて教室に入ると、いつもよりストーブがガンガン燃えていた。寒いから誰かが目一杯石炭を入れたんだ。
  あんまり石炭を入れすぎると真っ赤になって、近くにいる人が熱くてしょうがないからダメなんだけど。この頃はストーブに近寄りすぎて、服が融けちゃうこともあったな。
  チャイムが鳴って、先生が入ってきて朝の会。
「はい。今日はね手紙を持ってきた」
  佐藤先生が言う。手紙?
「転校していった古内里美さんから、みんなにです。先生が読むぞー」
  里美ちゃんから手紙?  こんな時期に?  思わずタケちゃんと顔を見合わせた。確かに里美ちゃんが転校していって、クラスのみんな宛に手紙は来たけど、それはもう来ていた。こんな時期に、手紙が来たはずはない。記憶がない。
  これも、変化か。
  だとしたらどんな変化に繋がるんだろう。
  手紙の内容は、ぜんぜん普通だった。雪は降りましたか、とか、元気です、とか。そういうもの。どうということはないなぁと思ったけど、念のため。後から先生に見せてもらおうって思った。

「先生」
「おう。なんだ三都」
  昼休み。職員室に里美ちゃんからの手紙を見せてもらいに来た。
「古内さんからの手紙、見せてもらっていいですか?」
「お、いいぞ。これだ」
  机の中から封筒を取り出す。佐藤先生はにこにこしながらぼくを見ている。
「三都は、仲良しだったもんな。幼なじみだもんな」
「はい」
  便箋を拡げる。ぼくのところにも来る里美ちゃんの手紙と同じだった。筆跡も同じだったし内容も先生が読み上げたのと同じ。なんの不思議もない手紙。
  でも。
  これは、なんだ?
  この隅っこに描いてある落書きのような、絵は?


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