パブリディ
カレンダーボーイ1963

第51話 「予感」


  東京に来て四日が過ぎて、今日で五日目。
  すっかりぼくたちは三人の暮らしに慣れて、なんとなく楽しく暮らしているんだけど、気をつけていることがひとつだけある。
  隣近所の人たちだ。
  ガンガンはいいとしてもぼくとタケちゃんは小学五年生の子供だ。子供が二人も毎日学校も行かないでフラフラしていたら、そりゃあ変に思われる。それにここは一九六八年の世界なんだ。いくら東京って言っても、人の心持ちは現代とまるで違うんだ
  現に、ここに来た次の日にはさっそくガンガンは隣りの二号室に住む秋葉さんというおばさんに掴まってしまった。
「あらー、新しい漫画家さん?」
  そうなんだ。この部屋が漫画家のアシスタントたちが使っているというのはアパート中の人たちが知っていたんだ。もちろんぼくはそれを佐久間さんに聞いていたから、着いた日にガンガンとタケちゃんと三人で話し合って決めた。

「ガンガンは新しい編集者ってことにしよう」
「私が?」
「オレは?」
「タケちゃんとぼくは、天才子供漫画家」
「へ?」
「なるほど」
  どっちみちこの部屋にいるのはほんの二週間ぐらい。それぐらいの間、嘘を突き通せられればいいんだから。
「それにどうがんばったって、ぼくたちみたいな子供がずっとこの部屋にいる理由なんか正当化できないんだから」
「むしろ荒唐無稽な話の方が真実味があるだろうね。良い手だと思うよ」
  天才子供漫画家を、しかも二人コンビというのをデビューまで隠して漫画を描くために、学校を休んでここに籠もる、という話だ。真実味を持たせるために、適当な漫画の原稿は佐久間さんに部屋に置いといてもらった。
「じゃあ、オレが原作を書いてて、イッチが絵を描いてるとでもしといた方がいいんじゃないか? オレ、絵なんてまるっきり描けねぇもん」
「あ、そうだね」

  絶対に秘密にしておいてください、というガンガンの演技を秋葉さんはすっかり信用してくれた。仮に噂が広まっても、二週間後にはぼくたちは居ない。とは言っても、あんまり目立つのもまずいので、なるべくぼくとタケちゃんは学校がある時間にはふらふらしないで、外に出たいときには放課後の時間にしようと決めていた。
  それ以外は、ぼくたちはすることはない。やるのは、計画に向けての準備だけ。ここに着いた日は何もしないで終わったけど、二日目からはひとつひとつ、丁寧に丁寧に計画を練ってきた。
  でも、やっぱりなるべく紙に残さないように。ぼくが書いてきた計画書は、どうしても忘れちゃまずいことだけメモにして、残りは燃やすことにしていた。

      ●

「まず、この事件の真実を教えてくれよ」
「この事件?」
  ガンガンが不思議そうな顔をした。
「あ、そうか、まだガンガンには全部話していないんだもんな」
「うん。まずはそこから。二○○六年の段階で、この事件についてぼくたちがわかっていることを全部ガンガンにわかってもらうことから始めなきゃ」
  それはひとつひとつのことを、ぼくとタケちゃんの間でも確認することになるからちょうど良かった。
「三億円事件」
「三億円?」
「十二月十日、五日後だね。東京のある場所で銀行の現金輸送車が襲われて、そこから三億円が奪われるという事件が起こるんだ」
「そりゃあ!」
  ガンガンがびっくりした。現代でも三億円は確かに大金だけど、なんたって宝くじで三億円が当たる時代だ。三億円強盗されたってニュースでも世の中の人はそんなに驚きはしない。でも、この時代の人間であるガンガンにとっては、とんでもない金額だ。
「すごい事件じゃないか!」
  タケちゃんがなんか得意そうな顔をした。そんな顔をしてもしょうがないんだけど笑っちゃった。
「いったい誰がそんなことを?」
「犯人は、結局捕まらなかった。時効を迎えたんだよ」
「捕まらなかった……」
  ガンガンがまた目を丸くした。
「そんなことってあるのか。そんなすごい強盗事件が」
「うん」
  ぼくとタケちゃんの二人で頷くと、ガンガンが勢い込んで訊いていた。
「じゃあ、里美ちゃんが死んでしまうっていうのは、その強盗事件に巻き込まれて?」
「直接じゃないよ。その事件ではね、ガンガン。誰も死ななかったし、怪我もしなかったし、おまけに三億円を奪われた銀行も海外の保険会社に保険を掛けていたので、損はしなかったんだ。つまり、この三億円事件のすごいところは〈誰も犠牲になっていない〉ってところなんだ」
「本当に?」
  また二人で大きく頷いた。ここでぼくは資料を出した。書いてきた資料だ。
「正確なところを確認しようか。事件は、十二月十日午前九時二十一分頃、東京都府中市の栄町三っていう住所にある府中刑務所の北側の道路で起こったんだ」
  地図も拡げた。
「ここか」
「うん。当日は雨が降っていたそうだよ」
「じゃあ、カッパとか傘とか必要だな」
  タケちゃんが言うので、ぼくはうなずいた。そしてどういうふうに事件が起こったのか、たぶん日本中の今現在四十代以上の人なら誰でも知ってることをガンガンに教えた。白バイに乗った犯人、現金輸送車に仕掛けられた発煙筒、犯人がそのまま現金輸送車で逃走、あまりにもたくさんの遺留品、犯人のモンタージュ写真などなどなど。
  ガンガンはひとつひとつの話に大きく頷きながら、じっと聞いていた。
「なるほどねぇ。実に鮮やかに犯人はお金を奪っていったわけだ」
「そうなんだ」
「でもさ、オレはずっと思ってたけど、こんなに遺留品があるってのは鮮やかじゃないよな」
「いや、実は鮮やかなんだよタケちゃん」
「なんで」
「遺留品は、ぜんぶ計算づくだったんだ」

      ●

  ぼくが、里美ちゃんからの手紙で、そこに入っていた里美ちゃんのお父さんの遺書で知った真実と、現実に起こった事件を照らし合わせて導いた結論を全部ガンガンとタケちゃんには話した。
  そう、三億円事件の犯人は、二人いる。正確には、三億円強奪の計画を作った人は二人いる。
  一人は、里美ちゃんのお父さん。
  そしてもう一人は、雁鉢という当時の公安の人だ。
  もっと正確に言うなら、里美ちゃんのお父さんは三億円事件を起こそうなんて思っていなかった、ただある目的のために〈こうすれば大金を作ることができる〉というのを形にしただけだった。
  その形を〈三億円強奪事件〉に仕立て上げたのが、雁鉢なんだ。
  里美ちゃんのお父さんは、ただ、里美ちゃんの病気を治したいと思って、でも、そうするのにはとんでもないお金が掛かるから、どうすればいいかって悩んでそんなことを考えてしまっただけなのに。
  そう。東京に転校した里美ちゃんは、とんでもない病気を抱えてしまった。その病気を治す手段はただひとつしかなかった。
  心臓移植。
  そして、日本で初めての心臓移植が行われたのは、一九六八年八月。三億円事件が起こる四ヶ月前だった。世界で初めての心臓移植が行われたその翌年のことだったんだ。

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