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第46話 「通夜」慣れたっていやぁ慣れっこだがな。通夜とか葬式ってのは、なんというか、どう表現していいかわからない気分になる。 親しい知人が死んじまったんならもちろん哀しい気持ちになるし、たいして親しくなくても遺影を前にすると惜しい人を亡くしたなって気になるもんだ。別に仏教じゃないが、死ねば皆仏って気持ちになるよな。安らかに眠ってくださいと手を合わせたくなる。 三都のおふくろさんの通夜だ。 まいるな。これは、まいる。小学校の頃から俺のことを知っていてくれて、三都と偶然再会しておふくろさんとも久しぶりに会ったときに言ってくれたよ。にこっと笑ってさ。 「あらぁ武くん、大きくなっちゃって、立派になって、あらまぁ」ってさ。友だちのおふくろさんに立派になったわねぇって言われると、あのこそばゆいような感じがたまらないよな。「おばさんもお元気そうでなによりです」ってさ、まぁ社交辞令みたいな決まり文句だけど素直に出てくるってもんだ。 元気でなによりだった。 こうして遺影を目の前にしちまうと、あの頃に怒られたりジュースやお菓子をもらったりしたことが浮かんでくる。 なんだが、それが今も続いているってのがやっかいだ。明日になればまた俺はこの遺影の主と会うことになるんだ。「武くんおはよう!」って言われるんだよな。赤の他人だってこんな複雑な心境なのに、三都はいったいどんな気持ちでいるのか。 「なんだか済まなかったな」 葬儀会場になった葬祭ホールの受付のところであれこれ仕切ってやっていると、三都がそう言ってきた。 「なにいってんだ」 葬式の裏方は慣れたもんだ。大学関係者の葬儀ではいつもかりだされるからな。 「気にするな。仕事だ仕事」 それなりにたくさんの人が来ているが、多くは大学関係者だ。おふくろさんと直接関係があったわけじゃないが、教授のお母さんが亡くなったのなら顔は出さなきゃならないとやってきた連中がほとんどだろう。中には三都のところの女子学生で眼を赤くしている子もいる。感受性が豊かなんだろうな。全然関係ない人でも死んじゃったら悲しいねって気持ちになれる子なんだろう。 三都が裏の方に入ってきて煙草に火を点けた。 「いいのか、向こうにいなくて」 「もうほとんどの人は帰ったから。ちょっと一服だ」 「そうか」 お付き合いして火を点けた。三都が回りに人がいないのを確認するように見渡した。 「なんだ」 「あの里美ちゃんからの手紙だ」 昨日の、いや今日の向こうの世界での話だな。 「おお。どうした」 そういや職員室に見せにもらいにいってたな。三都の眉間に少し皺が寄った。 「この時期に手紙は来なかったよな」 「おお。〈変化〉か?」 三都が頷く。 「中身はどうということもないし、使われている便箋や封筒もいつものものだった。筆跡も間違いなく里美ちゃんのものだった」 「単に小さな変化かね」 そうなのかもしれない。 「だと思うんだが、少しだけ引っ掛かるものが書いてあったんだ」 「なんだ」 「絵なんだ」 「絵?」 三都が大きく煙草を吹かす。 「落書きのような絵。里美ちゃんに限らずだろうけど、女の子はよくそういうのをノートの端っことかに描くよな」 「あぁ、お人形さんとかそういうのか」 「そうだ」 そうだな。未歩も小さい頃はよく描いていた。 「里美ちゃんも、手紙の端っこに自分の似顔絵を描いてそれがバイバイと手を振っていたりしていた」 「あぁ、で?」 首を捻る。 「考え過ぎなのかもしれないが、昨日の手紙にもそういう絵が描いてあった。猫だか犬だかわからんようなかわいい動物の絵が描いてあったんだが」 「うん」 「私には、それがあれに見えて仕方がなかったんだ」 「あれって?」 三都は、テレビゲームの人気キャラクターの名を挙げた。可愛らしいネズミがもとになっていて、つぶらな瞳をしていて、でも顔に似合わず強烈な電撃攻撃が得意な女の子にも人気のキャラクターだ。今や世界中にその名が知れ渡っている黄色い奴だ。 考え過ぎなのかもしれない、と三都は何度も言った。読経が終わって参列者が三々五々帰ればあとは近親者だけでの文字通りの通夜だ。 俺も参加してもいいと三都には言われたが明日の仕事のこともある。出された料理や飲物をささっといただいて、帰ることにした。 「しかしなぁ」 家に向かって車を運転しながら呟いた。三都は、里美ちゃんが描いた落書きがそのキャラクターに見えたと言う。 もちろん、違うかもしれない。お世辞にも上手とは言えない絵だったので、里美ちゃんは猫を描いたつもりなのかもしれない。そもそもあのキャラはネズミが元になっているらしいが全然ネズミに見えない。むしろ猫とかの方に近いような気がする。 だから、里美ちゃんとしてはドラネコでも描いたつもりなんだが、あまりにも下手くそで三都にはあれに見えたのかもしれない。 けれども、もし、そうだとしたら? 「どういうこった」 もちろん里美ちゃんがあのキャラを知ってるはずがない。けれども、知っているとしたら。 「俺たちと同じってことか」 里美ちゃんもこっちに帰ってきたってことか。 「いやそれじゃ辻褄が合わない」 里美ちゃんは死んだんだ。あのキャラを知る時代まで生きてはいない。だがもしも、〈大きな変化〉が勝手に起こったとしたら? 俺たちがいろいろ動いているせいで何かのバランスが狂って里美ちゃんが死なないようなことになってしまったとしたら? 今、この現代に、里美ちゃんが生きているとしたら? 「ま、考えてもしょうがないか」 とりあえず明日あの時代で、俺も里美ちゃんの手紙を確認してみる。もし、もし俺もその絵があのキャラクターに見えたのなら、何かを確かめなきゃならないかもしれない。 >> 前のページに戻る ![]() |
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