パブリディ
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第四回  ミナミへ

  連日、行ってこいで会社を追い出されて、とぼとぼ大阪の街をうろつき、当てのない飛び込みを繰り返す。
  そんな日々を送っていた僕だが、世の中には奇特な人がいる。あるとき、守備範囲にしていた駅前ビルの会社のひとつに飛び込んだところ、たまたま話を聞いてくれる人が現れたのである。
  飛び込んだ先はK社という有名な出版社の子会社で、カルチャーセンターのような教育事業を行っているところだった。
  M広告社の社名は新聞社の名を冠したものだったので、差し出した名刺に同じマスコミという思いが湧いたのだろう。受付嬢の名刺を受け取って、奥から中年の男性が出てきた。聞けばそこの大阪支社長である。
  マスコミ志望だった僕は、たまたまこの出版社を受けていたこともあり、音楽の知り合いを通じてその社の漫画雑誌の編集長に会社訪問がてら数度、話しを伺った体験があった。
  実はかくかくしかじか、生徒募集などございましたら、というセールストークよりも、支社長はむしろ僕の経歴を聞きたがり、やがて漫画雑誌の編集長の話に及ぶと、ああ、なつかしいと膝を打った。
「いやね、僕もかつては編集部にいたんだけどね。会社がこの事業を始めたので、その立ち上げに出向の形で駆り出されてね。軌道に乗ればまた東京に帰るんだ。生徒募集の件はどうなるか分からないが、大阪のことはよく分からないから、なにかあったら相談に乗ってくれ」
  とやっとのこと、話し相手を見つけたのである。もちろんすでに教室は開始されていたので、生徒募集の広告にはすぐにはつながらないだろう。
  たまたまそのとき支社長は暇にしていたのだろうし、細かい案内広告は担当者任せなのも確実である。だがそれでも少なくともセールスにかこつけた話し相手が見つかったのは嬉しいことだった。ここはひとつ、うるさい奴だと思われない程度に週に一度、顔を出す感じでそっと大切に訪問しようと決めた。
  元来、僕は小説を読むのが好きな方であったので、大阪の小説家では織田作之助を全集で読んでいた。織田作の作品には食にうるさい関西人らしく、いろいろな食い物屋が出てくる。また大阪というのは大いなる田舎の側面があり、当時の食い物屋がいまだに続いていたりするのである。
  関西人相手ではとっくに知ってる話でも支社長は東京出身。しかも出版社の人間、どこでなにが幸いするか分からない。週に一度か、二週に一度か、向こうの暇なときをみはからいつつ、どこそこに食い物のうまい店がある。なになにの辺りはネオン街であるなどと、仕事の話は横に置いて茶飲み話をすることになった。名物、食い物の話のお陰で、日報に書き込む訪問先がひとつ頂戴できたのだ。
  とはいえ、一社だけでは週の内、半日の営業活動しか記述できない。せめて十社くらいは、こんな感じのお得意をと思い、またまた僕は第四ビルの馴染みの喫茶店でなにか手はないか悶々と考え続けた。
  行ってこいセールスをさせられた、これまでの経験から飛び込みの辛さは身に染みている。どうせ飛び込みなのだ。おいそれと話を聞いてくれそうにない上に邪魔者扱いされるのでは、こちらも憂鬱になる。
  となれば適当にのんびりしてて、それなりにやってそうな会社をみつくろって顔を出すのはどうか。そう考えて、思いついたのがビジネスホテルであった。
  ビジネスホテルの仕事は主に夕方からがメインだ。午前中に客がチェックアウトし、次の客を受け入れる夕方までは、現場の作業はいろいろあるだろうが、広告を担当する人間はそんな部署ではないだろう。こちらがうろついている時間には最適ではないか。
  そう考えて、太融寺にあるHクラブというホテルに飛び込んでみた。ここはときおり、ちらちらと新聞に広告を出しているが、M新聞ではまだ見かけたことがなかった。
  馴染みの立ち食いうどんで朝食を済ませて、午前十時過ぎ、目的のビジネスホテルに到着する。フロントに一人だけいた女性に名刺を差し出し、担当者に面会を求めたところ、しばし待つようにいわれた。
  そこでロビーにあった椅子に座って、さてはてどうなるかと暫時、待機していると、ロビーの奥、障子で仕切られた宴会場のようなスペースから奇妙な音が聞こえてきた。
  どんつくどんどん、どんつくどんどん。どうも太鼓をたたいているらしい。なんだ? と首を傾げていると、やがてその障子がぱっと開いた。
  するとそこには座布団を敷いて、ずらりとホテルの従業員が正座しており、今まさに一段落して立ち上がろうとしているところだった。
  Hクラブというのは、宗教団体系列のホテルで、それはまさに朝のお勤めの太鼓の音だったのである。お勤めを終えた一人にフロントの女性が僕の名刺を手渡したところ、ロビーの椅子に座る僕の所へ、その男性が近づいてきた。名刺を頂くとそのホテルの支配人である。
「ははあ、広告のセールスですか」
  こちらがその旨を告げると支配人は静かな目でこちらを見つめた。
「今、すぐにはないですね」
  そう告げて再びこちらの応答を待つ。なんだろうか。奇妙な間合いなのだが、相手はホテルの支配人。接客業だから物腰は柔らかいだろうし、ましてや仏教徒であるので、そこは慈悲の精神で野良犬セールスマンでも邪険にしないのだろう。
  そう考えて僕は、それではときどき寄らせてもらいますので、どうぞよろしくお願いしますと頭を下げて辞去することにした。
  感触では広告をもらえそうではないが、顔を出すのには邪魔さえしなければ、まあ、いいよといった風。ここもひとつ立ち寄り先にしようと決定した。
  こうしてカルチャーセンター、ビジネスホテルとふたつ訪問先を見つけた僕は、ある日、いつものように喫茶店で昼まで時間を潰していて、ふと思い立った。
  今まではいつもいつも梅田近辺をうろついていた。しかし大阪は広い。なにもキタばかりでなくミナミに足を伸ばしてみたらどうだろう。駅前ビルも飽きたことだし。
  はて、となるとどんな業種にするか。どこにするか。そうコーヒーをすすりながら思案していると、ふと道頓堀の巨大な看板群が頭をかすめた。
  大阪でもミナミはキタに比べて飲食店が派手である。巨大なカニやら、フグやらがひしめいている。ということは、宣伝好きということではないか。
  そう考えて僕は道頓堀の食堂百貨へ足を運んでみることにした。食堂百貨というのは寿司や蕎麦の専門店ではなく、ラーメンからトンカツ、カレーまであらゆる食べ物を提供するビル丸ごとの食堂のことである。
  僕はその道頓堀の居並ぶ食堂ビルのなかから、太鼓を叩く人形で有名な一軒に飛び込むことにした。といっても企業ではないので受付にお嬢さんがいるわけではない。誰にまず声を掛けるかと考えて、店頭で呼び込みのような、きた客を中へ案内するような係の中年男性に名刺を差し出した。
「兄ちゃん、広告屋かいな」
  キタと違ってミナミはざっくばらんである。黒ズボンに白シャツ、蝶ネクタイ姿の男性は破顔一笑、名刺を見てそう声を掛けてきた。
「そうかいな、人事募集やなんかの案内広告か。そやなあ、ウチは古い店やから古いつき合いがあるみたいやで」
  そう名刺を胸のポケットにしまうと彼は自らが立つ入り口の上を指さして続けた。
「あのな、これ見てくれるか」
  いわれて見上げるとそこには有名な人形のバックとなるように春に合わせたのだろう、造花の桜の木々やら花やらお酒にお重やらがディスプレイとして飾られている。どこまでも派手好きの経営方針らしい。
「あのな、この店頭装飾、わしの担当やねんけどな、季節ごとに衣替えせなあかんねや。次は夏やねんけど、毎度毎度、おなじみの海水浴やら登山じゃつまらん。なんぞ、ええアイデアないか? あんた、広告屋やろ」
  そういって蝶ネクタイ氏はにやりと笑った。ははあ、そうか。アイデアを出したら、広告担当者と顔をつないでもいいという取り引きか。ぴんときた僕は、では改めてなにか考えてきますのでと一旦、キタへと引き返した。
  現代社会は広告だらけである。電信柱も箸袋の裏も広告になる。今までは入社した新聞媒体しか頭になかったが、考えてみれば看板も店頭ディスプレイも広告の内ではないか。それならば、いっそあの店頭ディスプレイをそのまま請け負ったらどうだろう。
  仕事になりゃあ、この際なんでもいい。金が儲かりそうなら、上司も駄目だとはいわないだろうと、僕は夕方、帰社すると社内で二人きりの制作部員のひとり、女性のデザイナーであるH尾さんに相談してみた。
「店頭ディスプレイというのは、どんな会社がやってるんですか?」
  聞くとM社にもいくつか出入りの業者があり、物になりそうなら見積もりを出してくれるのではないか。その答に僕は翌日から、しばらく朝飯のうどんのあとは、喫茶店でアイデア出しにふけった。
  夏に宝船ってのはどうだ? 人魚はどうか? いっそ涼しげに水族館はどんなだろ。そんな数案を自分で適当に白紙にスケッチして数日後、蝶ネクタイ氏に提出してみた。すると中の一案を見て、これ、おもろそうやな。と彼がつぶやいた。
  ではさっそくこれでこちらにも見積もりを出させてくれませんかと持ちかけ、承諾をもらい、それを持ち帰って、聞いていたディスプレイ会社に見積もりと仕上がりのちゃんとしたラフを頼んだ。
  そして次の週、僕は生まれて初めての広告屋としてのプレゼンテーションを蝶ネクタイ氏におこなったのである。場所は店の前、道頓堀の路上である。
  仕上がり予想図を見てふんふんとうなずいていた蝶ネクタイ氏だったが、見積もりを見て首を振った。
「こりゃ、高いわ。ウチではもっと安いとこで済む」
  ではどのくらいと掛け合うとかなり金額の差があった。事前にどのぐらいディスカウントできるかは聞いていたので、その範囲に収まる価格ではなかった。仕方ないかと落胆する僕に蝶ネクタイ氏はにやりと笑うと告げた。
「兄ちゃん、ついといで」
  そういって店の中の従業員用のドアへ入っていく。なんのことやらと僕も後に続くと、事務室に到着した。
「あのな、この兄ちゃんが案内広告の売り込みしたいんやて」
  蝶ネクタイ氏は机に座って売り上げらしき物を帳面に付けていた初老の男性にそう告げると、あとはそのままその場から消えた。
  初老の男性はしばし作業を続けながら、差し出した名刺にちらりと目をやり、やがて口を開いた。
「あれはうちの下足番やが、あんた広告屋かいな。で、なんぼやの?」
  蝶ネクタイ氏は約束どおり、広告担当者につないでくれたのである。初老の担当者と話に入ったが、主に店員はスポーツ紙で求人をかけるらしく、M社では価格として折り合わなかった。
  結局、つないでもらった話はおじゃんになったのだが、それでも僕は心がしぼむということはなかった。野良犬のように飛び込みセールスを続けるボンクラが初めて知った、ミナミの下足番の人情だった。


2006年10月24日更新

●プロフィール●

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ)
1959年兵庫県西宮市生まれ。幻想小説、モダン・ファンタジーを中心に執筆。『石の中の蜘蛛』で日本推理作家協会賞を受賞。著書多数。最新刊はフィッシングエッセイ『ペートリ・ハイル! あるいは妻を騙して釣りに行く方法』(牧野出版刊)。
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