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第十回  オール版

  いわゆる新聞の一般紙というのは朝日、毎日、読売、産経である。これに日経を加えて五大紙とする場合もある。
  この一般紙というのは、全国紙であるということになっている。だがその内実は実はそれほど全国的ではない。
  地方には独自に地方紙という新聞があって、信濃毎日、秋田魁、沖縄タイムス、北海道新聞なんて新聞社が独自に新聞を発行しており、それがローカルでは愛読されている。
  本来、全国紙が実質的に全国をカバーしていれば、なんといっても情報通の大新聞の紙面の方が読み応えがあるはずなのだが、当時はそうではなかった。
  というのも通信と流通のシステムがそれほど整備されていなかったからだ。そのために情報格差が生じていたのである。
  大新聞の印刷は各社それぞれに二つの拠点で印刷される。東京と大阪だ。読売はなぜか独自に福井にも輪転を持っていたが、それでも三箇所の印刷所ですべての新聞を印刷している。大量印刷によるローコストを目指すためである。
  しかしそのために全国への配送となると距離によって地方へは時間がかかることになる。
  これは都市圏に暮らしていると意外と気が付かないことだが、地方の四大紙、五大紙などの朝刊スポーツ面を見てみると分かる。
  本来、結果が分かっている昨夜のナイターの勝敗が六回までのスコアしか載っていないのだ。
  なぜかというと例えば大阪の印刷所で新聞を刷り、それを北陸の金沢まで届けようとすると朝の新聞配達の時間を考慮に入れると、どうしても早刷りの版しか間に合わないのである。それでも配達の時間は地方紙に比べて遅い。
  従って地方の一般紙は都市圏の一般紙とはニュースが違っていたり、同じニュースでも遅刷りで差し替えられた内容がなかったりして速報性が薄いのである。
  そこを突いて地元密着の地方紙は内容の濃い報道で対抗し、地元の読者を握っているのである。
  この新聞の印刷・配送による情報格差はなにも地方ばかりとは限らない。実は朝刊と夕刊によっても差があるのである。
  新聞は実は朝刊が届く範囲と夕刊が届く範囲は違うのである。新聞は基本的に朝刊を機軸に据えて発行されている。部数もページ数も朝刊の方が多い。
  従って新聞の発行体制は朝刊を基盤にしており、仕事の運びもそうである。おまけに夕刊は作業時間が短いため、ページ数も少ないし、届く範囲も朝刊より狭いのである。
  朝刊は大阪なら大阪で刷った新聞がもっとも広く届く範囲をカバーしているが、夕刊はその内側にとどまっている。つまり朝刊は届くが夕刊は届かないという地域が生じるのである。
  これを朝刊地域と、どちらも届く朝夕セット版地域と称している。当然、その差は新聞広告にも影響する。
  いわゆる全国版といわれる新聞広告は北海道から沖縄まで朝刊の届く範囲の紙面に掲載されるが、夕刊で全国版広告を掲載しても夕刊の範囲でしか読者の目に触れない。
  だから仮に全国を対象に人事募集をするならば、朝刊の全国共通の紙面にそれを掲載することになる。またセット版を使って朝刊夕刊の二回で人事募集して効果を狙う方法もある。
  さらに新聞はそれぞれその地方のニュースを取り扱う地方版という紙面を持っている。地方の独自性とそこでのニュースを掲載することで地域密着の情報に接してもらうためだ。地元のみの広告でよい場合は、この地方版に掲載すればリーズナブルである。
  こうやって新聞はさまざまな地域帯を対象に紙面を構成し、版を差し替えて印刷されているのだ。そしてその範囲によって細かに広告の値付けをして、少しでも儲けようとしているのである。
  しかし細かな版の差し替えといっても限度がある。そのためにスペースに歪みが生じ、首を傾げるような広告紙面が誕生する場合もあるのだ。
  僕が案内広告の飛び込みセールスとともに担当させられることになったのが、その版と版の隙間にできる広告スペースの典型で、オール地方版という奇妙なものであった。
  このスペースは朝刊は届くが夕刊は届かない地域のみを対象にしている。つまり朝刊から夕刊の届く範囲を引き算した地域のみの広告面である。
  簡単にいってしまえば夕刊が届くのは都市圏で人口は多い。朝刊が届くのは大範囲だが広告料金が高い。
  全国へ広告を出したいスポンサーは朝刊よりも安い夕刊を利用し、地方は地方紙に任せるか、あるいは大範囲に届く朝刊区域で何紙か併用するか、そんな媒体計画が練られるのである。
  すると中に都市圏から離れた地域の地方版には、広告が掲載されないスペースができてしまう。これは新聞紙面の無駄となる。
  それではこれらの地方版を十把一絡げにまとめて広告しましょうという訳で生まれたのがオール地方版なのである。
  ここまで話を読んだ読者は頭の中でその範囲を想像できたであろうか。多分、よく把握できていないだろうと思う。当然である。当初、僕も一体全体このスペースの広告はどこに掲載されているのだろうかと首を傾げた。
  当然、セールスする相手も首を傾げる。要するに全国紙でも読者の少ない地方だけを対象に広告を掲載するのだ。いくら地方版が安いとはいえ、そもそも一般紙に広告を掲載するのは、広く読者の目に触れてもらうためなのである。
  それとは真逆の読者の少ない方向へと広告を発信する企業があるとは思えない。おまけに夕刊とこのオール地方版を併用すればどうなのかというと、そうすると朝刊に掲載するのと料金は同じなのである。なぜならそれは朝刊の範囲として扱われるからである。
  なんとも鬼っ子のようなスペースなのだが、しかしM広告社はM新聞の専属広告代理店であるため、その他のスペースを確保する都合上、こういった分の悪いスペースも担当しなければならないしがらみがある。
  そして当然、このオール地方版も悲しいかな専属契約代理店のために消化段数というノルマがあるのであった。
  僕は行ってこいセールスで案内広告の飛び込みと同時に、このオール地方版のセールスも担当させられたのである。
  このオール地方版のセールス担当は僕とそして僕が所属する営業二部の先輩、D井副部長の二名であった。
  D井副部長は前の僕の直属上司であるO西部長よりも先輩なのだが、営業成績のせいで副部長に甘んじている方であった。
  体型はあんこ型力士、顔には銀縁眼鏡。大阪市立大という公立校を卒業されたインテリで、M広告社の入社試験などを作るのもこの方の仕事のひとつであった。主にミナミの予備校が担当でそこの生徒募集などを仕事にしていた人である。
  O西部長の部下から放り出された僕は、一応かたちの上ではこの方の部下という位置付けにされた。
  そして当初、一カ月ほどはD井副部長とともに予備校を回ったりしたが、やがて一人でセールスへ出されることになった。というのも二人でやるほどの仕事はなかったからである。
  このD井副部長、一緒に電車で得意先に行くときなどは、予備校の入試問題のようなもの、特に数学の問題などを僕に出すのだが、僕はまったくの理系音痴なので、そのどこがおもしろいのか分からない。
  だが問題を出しては解説し、な、アサグレ君、おもしろいやろ、不思議やろ、フォッフォッフォと笑うのである。
  さらにD井副部長には僕が入社当初から首を傾げていた特徴があった。というのも副部長はどう見ても薄化粧をしているのである。
  毎朝、会うと頬にうっすらとファンデーションが塗られていて、その上に頬紅がさされている。
  なんだ? もしかしてと最初は思ったが、しばらくするとどうもそちらの世界の方ではないと理解できた。
  ではと、ときどき目を盗んで副部長の頬をじっと見たのだが、ひどいケロイドらしい風でもなく、せいぜいあばたの痕があるといったほどで、人目をはばかるためでもなさそうだ。
  どうもなぜかと僕はある日、とうとうたまらず副部長に尋ねてしまった。
「あの、副部長。どうしてお化粧してはるんですか」
  すると副部長はモーニングのトーストをかじりながら、さらりと僕を見返し、こうのたまった。
「なんでって、そりゃアサグレ君、身だしなみにきまってるやないか」
  その答に僕は絶句し、それ以上は聞けなかった。そして世の中にはいろいろなファッションセンスの人がいるのだなと思い直すことにした。
  こうして僕はオール地方版のノルマが近づくと、売れない広告紙面を携えて、ときにD井副部長と二人三脚で大阪の街をうろつき回ることになったのである。


2006年12月5日更新

●プロフィール●

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ)
1959年兵庫県西宮市生まれ。幻想小説、モダン・ファンタジーを中心に執筆。『石の中の蜘蛛』で日本推理作家協会賞を受賞。著書多数。最新刊はフィッシングエッセイ『ペートリ・ハイル! あるいは妻を騙して釣りに行く方法』(牧野出版刊)。
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