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第十一回 降格人事
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「アサグレ君、健康食品ちゅうのは、どないやろ?」
売れない広告スペースであるオール地方版のノルマが近づいたある日、M広告社に出社するとD井副部長がそう切り出してきた。
「健康食品ちゅうのはいろいろあるみたいやし、大阪のメーカーをリストアップして回ってみよか」
という副部長の提案で、二人して近くの本屋に足を運び、「オール生活」とか「健康人」といった主に熟年層が愛読する雑誌を立ち読みしてメーカーをリストアップした。
なになに酵素、どこそこ青汁と世の中には健康食品が数限りなくあり、大阪のメーカーもそれなりに拾い上げられた。
なにしろ我々にはずしりと重いオール地方版というノルマがある。なんとかしてスポンサーを見つけだすか、見つからずとも日報に書き込んで今期は無理でも来期に期待がつながるような先を探し、T内本部長、女社長のご機嫌を伺う必要があるのだ。
そうでなければ、ノルマ達せずの見返りに厳しいつるし上げが待っているのである。しかし我々二人に、正しくは多くのM広告社営業社員には接待で得意先を口説き落とすという手はない。女社長から許されている経費は微々たるものである。
入社当初、僕に許されていた経費はなんと月に五百円。その金額の判断基準はというと「アサグレ君もお得意さんにコーヒーぐらいは御馳走しないとねえ」という女社長の金銭感覚によるものであった。そこで僕と副部長は立ち読み本からのリストを片手に大阪の街をさまようことになるのである。
しかし当時の健康食品というのは大メーカーの手がけるものは少なく、紅茶キノコに代表されるように一発当てたれという、いかがわしい雰囲気のものが大半であった。
従って僕と副部長がリスト先の住所に向かうと(事前に電話でアポイントを取ると断られるのが関の山である)そこは大阪はミナミの路地裏の雑居ビルであったり、十三のキャバレーの横であったり、遠くは堺の商店街であったりした。
そんな裏びれた界隈を回っては、こんなに地方をカバーしている安い新聞広告紙面があるのですよとセールストークを開陳するのだが、新聞広告にしては安くとも、しかし健康雑誌と比べると一般紙だけに単価がどうしても高い。
はいそうですかと話は運ばない。おまけにちょっと興味がありそうな会社があっても、そこの扱う商品がうまくない。というのもM新聞は一般紙である。そこに掲載される商品広告は新聞社の広告規定をクリアしたものでなくてはならないのだ。
特に当時の健康食品は今のようなサプリメントではなく、薬事法の隙間を縫ったような製品ばかりなので、媒体局を通じてこれこれの商品ではと新聞社の広告局に打診すると、軒並み掲載不許可という返事であった。
「アサグレ君、工業部品ちゅうのはどないやろ。大阪は工業地帯やし、その大半が中小企業や。地方に売りたい製品もあるんとちゃうか」
またまたD井副部長の発案で社が取っている日刊工業新聞、日本工業新聞といった専門紙に掲載されているボルトやらナットやらなどの部品メーカーをリストアップする。ときには新製品情報として小さな記事になった先も書きとめる。
そして二人して今日は尼崎、明日は伊丹といった小さな工場をセールスして回った。するとトタン張りの工場から旋盤を扱っていた職人が油にまみれた顔を出し、ネクタイ締めたセールスマンがうちになんの用事やと、きょとんとした顔で応対するのだった。
当時から工業系の中小企業というのは空洞化が始まっていたらしく、訪問する先はいずれも中年の親父ばかり。若い工員というのはほとんどいなかった。
それらのオジチャンの対応はおしなべて、ウチはちいさい会社やし、工場といってもワシ一人で切り盛りしとるようなものや。とてもM新聞に広告なんてといったことだった。
あるとき富田林だったか四条畷だったかの田舎町にぽつりとあるメーカーを訪れると、そこはドイツ系の特殊な製品を扱う企業で、三十名ほどの事務社員の中に大学時代の同窓生を発見した。
やあやあ、久し振り。これこれの新聞広告のセールスをやっててなと彼に話しかけた。すると彼はじっと僕の顔を見てぽつりと一言のたまった。
「アサグレ、お前、営業マンやろ。セールスに回るときぐらい無精髭を剃っておけや」
思わぬ同窓生の苦言に僕は虚を突かれた。そして自分がいかにだらしなくセールスしていたのかを思い知らされたのだった。当時の僕はいつの間にか、すっかり野良犬暮らしに馴らされてしまっていたのだ。
こうして健康食品、工業製品、その他もろもろのリストはすべて紙屑と帰して、とうとう僕がオール地方版を担当して最初のノルマの期限がやってきた。
当然、出稿先はゼロ。最低の営業成績である。僕とD井副部長はM広告社の奥にある、唯一の会議室に呼び出された。
八畳ほどのスペースにはすでにT内本部長と女社長の二人が待機している。その二人を前に今までの営業活動の報告をさせられ、どこがいかん、なにが悪い、延々とお小言をさんざんいわれるのである。
しかし僕はしょせん入社したての平社員、しかもD井副部長の部下にあたるぺーぺーであるのでまだましだ。可哀相なのはやはり担当責任者であるD井副部長。
おそらくオール地方版を担当して以来、ずっとこんな目に会ってきたのだろうと思われるねちねちとしたつるし上げがずっと続いた。
それを二人して我慢し、退社時間まで待ち、すごすご社を後にして、立ち飲みでくだを巻いた翌日、出社してみると驚くべき人事が社の掲示板に張り出されていた。
昨日まで副部長であったD井さんは本日付けで僕と同様の平社員に降格されたと書いてあるではないか。課長も係長もすっとばして、ただの平である。
媒体局の先輩から耳打ちされた情報では、ノルマが達成しなかったオール地方版は仕方なく古くからのおつき合いがあるメーカーに原稿を打診して、消化段数を埋めたという。
しかしそれはまったくのロハでの掲載で、すでに数度そんな状態を迎えていたために、女社長の怒りが今回の人事となったという。
一般企業では労働組合が黙っていない降格人事だが、悲しいかな広告代理店には労働組合はない。よほどの大手でも組合のある代理店はないのである。
僕はその人事に怒りを通り越して唖然とした。そして自分の働いている業界が生き馬の目を抜くというのは、一般社会に向けてだけでなく、企業内でもと気が付いた。
「アサグレ君、今日からワシ、君と同じ身分や。ま、副部長の手当はなくなるけど、独身やし、そもそも大した金額やない。むしろこれからはただの平やから、責任者としての責務がなくなるねん。それはそれで楽かもしれんな。フォッ、フォッ、フォッ」
D井副部長はその日の夕方、僕とスタンドで洋酒を飲みながらそう笑った。そこは新梅田食堂街にある北海というニッカ専門の店だった。
床には突き出しに出される落花生の殻が捨てられ、一面ぎっしり。店に入るとふんわりとした踏み心地の場所だった。そこでD井さんは水割りをやりながら薄化粧の顔で笑った。こうして僕はこの時点で直属の上司というものがなくなってしまったのである。
我々が負け犬であることは確かだ。しかし負け犬にも意地がある。D井さんの笑いに僕はそれを痛感した。
そしてこうなると自分も平とはいえ、ウカウカしていられないとも思った。仮に自分が平社員から降格となる人事は、ただひとつ解雇だけなのだから。
この時点から僕は新米の飛び込み広告屋として少しづつ袋小路に追い詰められ始めたのである。相変わらずオール地方版は僕とD井社員の二人の担当だ。
なんとかしなくては、またまた来期のノルマがやってくる。僕は必死で知恵を絞った。そして対策を練った。
そんな僕の頭にひらめいたのは、まず不動産広告である。といっても売買ではない。賃貸でも学生下宿に関してだ。
当時、僕の所属する営業二部は不動産物件の一段広告を定期的にM新聞で続けていた。さらには学校関係にも生徒募集でノウハウがあった。
この二つを組み合わせて地方から関西の大学にくる学生のために下宿をオール地方版で斡旋する企画広告ができないかと僕は考えたのである。
当時、いくつかの会社が独自に賃貸不動産の物件情報誌を刊行していたが、まだ都市圏から地方への情報発信はなかった。
この企画を僕は本部長への日報に印したのだが、すると営業二部の先輩に当たるS藤課長から一言駄目出しがあった。
「アサグレ、お前、ワシのやっとる不動産関係を使ってなにかたくらんどるのか。お前が勝手にやるのはゆるさんぞ。それに不動産業者のえげつなさを知っているのか」
S藤課長は僕に対する注意半分と、自身の仕事を攪乱されたくない心境がないまぜでそのような言葉を僕に伝えたのだろう。
僕としては自分の足で京都、大阪、神戸の大学を回ってそこの学生課で下宿を紹介してもらって企画にするつもりだったが、先輩の縄張りを荒らすのは筋が通らないのも確か。
それ以上の立ち回りは順調に進んでいるS藤課長とM新聞広告局との邪魔になりかねないのだ。仕方なく別の企画を考え出すことにした。
そしてその結果、S藤課長の駄目だしのお陰で幸運にもオール地方版への出稿を決心する会社が登場することとなったのだった。
はてさてそれはというと、僕が苦肉の策でリストアップした関西の通信販売会社のひとつであったのだった。
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2006年12月12日更新
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●プロフィール●
浅暮三文(あさぐれ・みつふみ)
1959年兵庫県西宮市生まれ。幻想小説、モダン・ファンタジーを中心に執筆。『石の中の蜘蛛』で日本推理作家協会賞を受賞。著書多数。最新刊はフィッシングエッセイ『ペートリ・ハイル! あるいは妻を騙して釣りに行く方法』(牧野出版刊)。
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