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第十二回 通信販売
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僕はノルマの近づいたオール地方版を売り込む先を通信販売に選んだ。というのにも理由があった。
通信販売というのは当時、今ほど市民権を得ているものではなかった。今なら通販は一般の小売店よりもむしろ経済効率がよいと捉えられてもいる。つまりよい品が安いと考えられている。
だが当時はまだ通信販売は健康食品同様にどこか日陰の商売といった感があった。粗悪品や必要のないアイデア商品を売っているという風にとらえられていたのである。
それでもと僕は考えた。都市圏に住む人間はいつでもどこでも必要な品を手にとって買うことができる。
しかし地方の人間は大きなスーパーや百貨店が身近にない場合も多いだろう。欲しい物があっても買えないケースがあるはずだ。
ならば通信販売には分がある。一般紙に掲載した商品なら、その信頼性を担保に消費者が普通の通信販売よりも心を許すのではないか。
そしてそのようなセールストークで相手を説得すれば話ぐらいは聞いてくれるのではないか。僕はそんな腹づもりでリストアップした会社を一人で回っていった。
一人というのはそのとき、D井さんは別のリストで独自にセールスをしていたからだ。降格人事があってからD井さんは僕にお互いに同じ立場だから、それぞれ単独に回ろうと告げていた。
もう俺はオール地方版の責任者ではないという心理があったのだろう。それに部下でもない僕を使うわけにもいかなかったのだろう。しかしこの人事は裏を返せば次のノルマの時期がきた際に成績の検討は平等にされることを意味する。
どちらも同じスペースを売る担当であり、互いに仲間意識はあるのだが、本部長や女社長にとっては二人は同じセールスマンに過ぎないのだ。
僕よりもずっと先輩であるD井さんには一日の長がある。日報や報告に上司の期待を持たせるのはうまいはずだ。
となると次のノルマの時期につるし上げを喰らうのはこちらになるのではないか。僕はそんな危機感を感じていた。
そこで僕は案内広告の飛び込みセールスと同時に通信販売の会社をリスト順に回っていった。日報の記述のために開拓した、お話し相手であるカルチャーセンターやホテルにもオール地方版のチラシを持っていった。
そうやって何社かの通信販売の会社を回っている内に、大阪はキタ、兎我野町の外れにある小さな通信販売会社が僕のセールストークに耳を貸してくれることになった。
「なるほど新聞でも地方だけを対象にしたスペースがあるのか。単価も一般紙の割には安いのだな」
そこは社員といえば社長と事務員の女性の二人だけの会社だった。まだ会社を立ち上げて数年ほどで、通信販売とは別に雑多な商品の卸しのような仕事をしていた。今でいう百円ショップの走りのような商売をやっている会社である。
「通信販売は都市圏での商売ではない。都市から地方へセールスする仕事だ。確かにあんたのいうとおり、流通のためのチャンネルはあっているだろう」
数回訪問する内にまだ三十代そこそこだった社長はそうのたまった。そしてなんと見積もりの話に及んだのである。
僕は慌てて社に帰り、すでにオール地方版のディスカウント率も熟知していたので自分で見積もりを作成し、数度のやりとりの後、先方の合意をもらった。
いつもならいい話があれば、飛んで帰って上司に報告するところなのだが、夜逃げをされたり、話がひっくり返ったりを、もう何度も経験している。
そのたびに上司から小言を言われ続けているのである。ここは確実に話が煮詰まるまで腹にしまっておこう。
僕はそう考えて次の作業へと進めることにした。料金の方は納得してもらった。ではどんな原稿にするか。つまりはどんな商品の広告にするかである。
扱う商品は健康食品の際に痛い目にあったこともあり、まずは新聞社の広告局のオーケーが出やすい物でどの程度の反応があるか試してみようという話になった。
新聞広告の掲載は一度、新聞に掲載されれば次の掲載は意外とすんなりいくものである。異なる商品でも、一度取り引きがあった会社、つまりはちゃんと金を払った前例があれば新聞社も嫌な顔はしないものなのだ。
その辺りを相手になんとなく匂わせて選ばれたのが夜釣りの際に使う仕掛けである、集魚灯兼用の浮き。そして家庭用の小型焼却炉だった。
社長の考えでは通信販売の商品はホビーと家庭用品が強いという。そこで社長はどちらも地方での遊びと必要そうな家庭用品を選択してみたのである。
さてここまでくるともはや自分一人の腹の中にはしまっておけなくなる。選んだ商品を広告原稿として作成する必要があるし、スペースを決定して正式の見積もりも作成しなければならない。
すでにそのふたつの商品はなにかの雑誌で広告した原稿がその会社にはあったので、原稿はそれを組み合わせて、ふたつの商品を半五段で掲載しようと話をまとめた。
半五段というのは記事下広告の五段分を半分に切った四角いスペースである。価格は当然二段半分。
オール地方版は活字だけの案内広告とは違って、いわゆる新聞広告である。記事下という一段いくらで自由にスペースを組める一般の新聞広告なのだ。
原稿の制作はそんなに時間がかかるものではないので掲載日が決定してからでも間に合う。それよりも次の大きな関門が待っている。新聞社の広告局の審査だ。
選んだ二つの商品は健康食品と違って法に触れる可能性は低い。誇大な効果を謳う内容の原稿でもない。それでも通信販売であるだけに広告局はどんな判断を下すかは分からない。
僕は二つの商品のチラシと以前の広告原稿を社の媒体局に渡し、新聞社の広告局に打診してもらった。結果、幸運にもこれなら掲載できるとの話となったのである。
「アサグレ君、やったな。これならオール地方版のノルマも、とやかくいわれへんぜ」
D井さんは自分のことのように喜んでくれた。ひとつには本当にオール地方版が売れた喜びもあったのだろう。加えて二人して首を縮めていた、つるし上げがなくなるのが嬉しかったに違いない。
半五段ではオール地方版のノルマとしてはまだ足りない段数であるが、そもそも今までほとんど売れないスペースなのだ。
会社にとっては赤字で当たり前のスペースに少しでも歯止めが利くのだから御の字というところ。女社長などは、もしかするとこれは意外と価値があるのではと、さらに僕に発破をかけるほどであった。
「アサグレがオール地方版を売った」
この珍事に社内の誰もがぽかんとした顔をした。誰もあんなものが売れるとは考えていなかったからである。僕は社内で僕を遠巻きにしていた面々にざまあみろと腹の中でつぶやいていた。
こちらは新入社員として入社してからルートセールスを外され、飛び込みへ回され、オール地方版という厄介な荷物をしょわされ、陰湿といえる扱いを受けているのだ。
それを見て見ぬ振りをするように社員の面々は僕を遠巻きにして、触らぬ神にたたりなしと知らん顔をしてきた。そいつが起死回生の一発を放ったのである。
「アサグレ君、それじゃ必要書類を」
オール地方版の掲載が決定して数日後、媒体局のS田課長が昼時に僕に告げてきた。ちょうど先輩の営業マンたちは昼飯に出ているときだった。
「はあ、必要書類ですか?」
僕は初めての記事下広告の扱いだったので勝手がよく分からなかった。それで課長に尋ねた。
「というと、どんな書類が必要なのですか?」
「初めて広告掲載をする会社は新聞社の広告局に登記簿を提出する義務があるんだ。局の方でそれを揃えてくれといってきた」
「ははあ、そうですか。分かりました」
僕は電話を取るとその通販会社に電話した。社長は出払っており、事務員の女性が電話に出た。
僕は課長の言葉をそのまま彼女に伝えて、後日受け取りに行きますのでよろしくと電話を切った。そして昼飯に出た。
食事から帰ってくると受付の女性が僕の机にメモを残している。さきほど電話した会社の社長から連絡があった。すぐに社まできて欲しいとのこと。
僕はなんだろう、なにがあったのかとその足で兎我野町へはせ参じた。すると社長は硬い顔をして机で僕を待っていた。
「アサグレ君、君は僕の会社を信用せんのか」
開口一番、僕は水を浴びせられた思いがした。そしてそのときに初めて理解した。会社の登記簿というのはそんなに神経を配るべきものだったのか。右から左へ出てくるものではないのか。
「アサグレ君、うちはこれでも資本を出してくれているのは某企業の某オーナーだ。小さいとはいえ、ちゃんとした企業なんだ。顔を洗って出直してきなさい」
社長はぴしゃりと告げると出ていけとドアを指さした。こうしてせっかくつかんできたオール地方版の広告は水の泡と消えたのだった。
後日、リース会社に勤めている大学の同窓生とばったり梅田で出くわし、この話をしたところ、それはそうやろ。登記簿は先方からもらってくるものやない。営業マンが自分の足で登記所へ出向いてそっと申請して持ってくるものや。
そう教えてくれた。どうして一言、社の誰かが登記簿とはと耳打ちしてくれなかったのか。そう悔やんでももう遅い。それにこれは誰のせいでもない。
社の面々にざまあみろと腹で告げていた自分のせいだ。それがあったので、登記簿ってどう揃えるのですかと先輩に尋ねられなかった自分のせいだ。
僕は肩を落とし、うらぶれた心持ちでそれからの数日を駅前ビルの喫茶店でだらだらとさぼり続けたのだった。
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2006年12月19日更新
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●プロフィール●
浅暮三文(あさぐれ・みつふみ)
1959年兵庫県西宮市生まれ。幻想小説、モダン・ファンタジーを中心に執筆。『石の中の蜘蛛』で日本推理作家協会賞を受賞。著書多数。最新刊はフィッシングエッセイ『ペートリ・ハイル! あるいは妻を騙して釣りに行く方法』(牧野出版刊)。
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