パブリディ

vol.7 長女、ギムナジウムに入る
  現在のドイツの学校制度には数々の問題があるが、その中でも最大の問題は、小学校4年生の終わった時点で、国語と算数の成績だけによって、そのあと進む学校がいやおうなしに3種に分けられてしまうことである。つまりドイツでは、児童全員が一緒に通う「小学校」は、たったの4年で終わる(ただし、義務教育期間は日本と同じく9年)。
  そのあとは、ギムナジウムと中等学校と基幹学校という3つの学校に分かれ、その分かれ道が子供の将来に少なからぬ影響を与えることになるのだが、しっかり考えて選べといっても、なんといってもまだ10歳になったばかりの子供である。将来大学へ行きたいか、あるいは、消防士になりたいかがよくわからない。要するに、かなり無理のある制度なのだ。
  さて、ギムナジウム。これは、将来大学に行くことを前提とした9年制の学校(最近はだんだん8年制に変わってきている)。中等学校は6年制で、大学に行って学問するつもりはないが、事務職や専門職に就こうと思っている子供が行く学校。そして、3つ目が5年制の基幹学校。ちなみに基幹学校は、元々は職人になる子供の行く学校であった。
  4年制小学校の卒業前に、子供たちは学校からそれぞれ、ギムナジウムか、中等学校か、基幹学校への推薦状をもらう。推薦状といっても、これは許可証のようなもので、たとえばギムナジウムにはギムナジウムの推薦状なしには入学できない。反対に、ギムナジウムの推薦状があれば、中等学校や基幹学校にでも進める。
  最近は、基幹学校へ行って職人になろうとする子供がほとんどいない。昔なら、たとえば勉強が嫌いで車の好きな子は自動車整備工になったものだが、今では、そんな油まみれのことをやるよりは、クーラーの利いたしゃれた職場が優先される。親も、自分の子供が職人になることは望まない。つまり、現在のドイツでは、勉強の好きな子も嫌いな子も、できる子もできない子も、みんながギムナジウムを、あるいは、少なくとも中等学校を目指している。
  そんな風潮なので、裕福でアカデミックな両親を持つ子供が、親の期待に反して中等学校や基幹学校への推薦状しか手にすることができなかった場合、大変な騒ぎになる。親はあらゆる手段を行使して学校に捻じ込み、何が何でもギムナジウムへの推薦状を取り付けることになるが、こういう悲喜劇が、どこの小学校でも毎年必ず1、2件は起こるのだ。ただ、ドイツのギムナジウムとは非常に高踏的なことをやっている学校なので、無理して入れた場合、あとで子供が困ることも少なくない。
  さて、うちの場合を述べると、長女はギムナジウムの推薦状をもらってきた。私としてもそれ以外の可能性は考慮に入れていなかったので、特に感想は持たなかった。そこで次のテーマは、いったいどこのギムナジウムに入学するかということである。
  近所には公立ギムナジウムが2校あり、小学校4年生の最後になると、親が顔を合わせれば、A校、B校、どちらにするかという話になる。A校は5年生からフランス語を選択することができる、B校は学校に食堂があるなど、両校についての情報が飛び交うが、怠惰な母親である私はたちまち「どっちでもいいや」となり、話に全く身が入らない。
  そのうちふと、私のピアノの生徒の一人が通っていたカトリック系の女子ギムナジウム「アグネス」に思いがいく。この生徒は真面目なよい子で、レッスンに来てはピアノそっちのけで、いつも学校の先生や友達や試験のことを生き生きと話してくれた。悪くないかもしれない。
  「ねえ、アコちゃん、アグネスはどう?」
  すると、素直な長女はどんな学校かと興味を示し、素直な夫は「では、説明会に行ってみよう」と言いだした。
  アグネス女子ギムナジウムは、シュツットガルトで唯一の女子校で、カトリックの教団が経営している私立の女子校である。校長が尼さんで、教師と職員にも数人の尼さんがいたが、尼さんはどうも廃れ行く職業らしく、みんなかなりの年配であった。後継者問題は深刻そうだ。その他の教師には男性もおり、一応尼さんの校長が選んでいるため極端に不信心な人間はいなそうだが、見た目には普通の教師陣である。
  こんな学校に、神様とはまったく無縁な夫と私が娘を送り込むというのは、我ながら御門違いの感じもしたが、実を言うと、アグネス女子ギムナジウムはなかなか私たちの気に入ったのだった。尼さんの服を着た年配の女性が、世事に疎いどころか、極めて現実的で、10歳から19歳という難しい年齢層の女の子を何百人も相手にてきぱき行動しているところは、いかにも胸のすく眺めだった。こういう個性的、かつ、自立した女性が、私は結構好きなのだ。
  そもそもの始まりは百年前、教育を受けたくても貧しくて学校に行けなかった女子のためにと、尼さんたちが設立した学校であったらしい。宗教には関係なく生徒を受け入れるので、うちの娘のように無宗教の子も、また、イスラム教の生徒もいる。そういう意味でアグネスの経営陣は、徹底したリベラルを貫いているまことに天晴れな尼さんたちだった。
  実は、私も女子高校の出身である。当時は、女子校は退屈だと思っていたが、振り返ってみれば、あれほど面白く自由なところはなかった。「女だから」ということがメリットとしてもデメリットとしても通用しない世界、女子の威風堂々たるリーダーシップ、男の視線を全然気にしないでよい環境(年配の男性教師は男の範疇には入っておらず、若い男性教師はからかう対象でしかなかった)というのは、私の歩んできた長い人生の中でも稀有な一時期である。(そうだ、あれを貴重な体験といわずしてどうする!)というわけで、私は迷わず長女にアグネスを勧めた。
  そんな経緯で長女はアグネスに入学したが、当時、長女の同級生の親や多くの知人は私たちの決定に対して、「娘をいまどき女子校に入れようなんて信じられない」と訝しく思っている様子が露であった。それに加えて、シュツットガルトがプロテスタントの土地柄ということもあった。つまり、カトリックというだけで不信感が募るらしい。プロテスタントの人の多くは、カトリックとは享楽と欺瞞の二枚舌宗教だと思っているふしがある。私たち日本人は、キリスト教は十把一からげにしてしまう嫌いがあるが、考えてみればカトリックとプロテスタントは、つい最近まで何世紀ものあいだ、ほぼ間断なく迫害しあってきたのである。今のドイツでは宗教がそれほど大きな意味を持っているとは思えないが、それでも、プロテスタントの人がカトリックの人に感じるそこはかとない違和感というのは、依然として存在するのであった。
  長女はアグネスに6年通ったあと姉妹校に転校し、ギムナジウム生活の最後の3年間は男女共学校に学んだが、アグネスを選択したことについて、私たち親子は一顧の後悔さえない。自信を持って言えるのは、アグネスはいい学校であったということだ。
  ただ、次女も三女も全員ごっそりアグネスに入れて楽をしようという私の当初の目論見だけは適わなかった。というのも、下の二人は長女とは違って、私の意見に耳を貸すほど素直ではなかったからである。そればかりか、次女はそのあと転校を繰り返したため、保護者としての私の学校遍歴は、いつしかどの母親にも負けぬほど広範なものとなっていった。つまり私は、残念なことに、楽などまったくできなかったのである。



2007年1月26日更新

川口マーン惠美(かわぐち まーん えみ)

1956年大阪生まれ。日本大学芸術学部を卒業後、ピアニストとして主に室内楽の分野で活躍。1982年旧西ドイツ・シュツットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科に入学、ゲルト・ローマイヤー教授に師事。85年2月同科を卒業。同年8月エバーハルト・マーンと結婚。現在シュツットガルト市に在住。三児の母。90年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』を上梓。その鋭い批評精神が高く評価される。その他『ドイツは苦悩する』『あるドイツ女性の二十世紀』などのノンフィクション、エッセー『ドレスデン逍遥』『国際結婚ナイショ話』、小説『禁断』などを発表。訳書にマイク・ブラツケ『北朝鮮「楽園の残骸」』がある。最近は日独比較の時評でもおおいに健筆をふるう。


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